19日の大会期間を終え、2月20日に閉幕した北京オリンピック。各競技の選手たちの健闘もまだ記憶に新しい。とりわけ、スピードスケート女子1000m、1分13秒19のオリンピック記録で金メダルを獲得した高木美帆選手の活躍は目覚ましく、5種目に出場し4個のメダルを獲得した。
小平奈緒選手や森重航選手を初めとする、スピードスケート選手の北京での様子について、現地で取材を行った清水宏保さんに話を聞いた。(全3回の1回目。#2、#3を読む)
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高木選手のような選手はこれからも出てこないでしょう
――北京五輪の取材お疲れ様でした。清水さんの解説を毎日のようにテレビや紙面で拝見していました。
清水 スピードスケートの細かな技術を分かりやすく伝えるのが難しかったです。特にテレビの情報番組などは、スピードスケートに興味がない人もいるので、いかに面白くそしてインパクトを与えられるか考えました。でも、高木美帆選手が1000mで金メダルを獲得したときは、彼女の氷上の魂が僕にも伝わってきて、熱いものが込み上げてしまい…。いやあ、今思い出してもいいレースを見させてもらったなあと思いますね。
――清水さんは現役時代、筋肉の超回復を利用するなど、それまで未知の領域だった分野のトレーニングを次々取り入れ、長野で金と銅、ソルトレイクで銀を獲得しています。そんな清水さんから見ても高木選手の滑りは心に迫るものがありましたか。
清水 彼女は別物ですよ。僕は短距離専門でしたけど、美帆選手は3000m、1500m、1000m、500mと短距離、中長距離に出場。これまでスケート界は500m、1000mの短距離、そして1500m以上の中長距離と得意種目が別れていたので、五輪でこれだけの種目をカバーする選手はほとんどいなかった。それにパシュートにも出場しているので、13日間に5種目7試合に出場しているんですよ。常識ではありえないです。
しかも3000m以外は銀メダル3つ、金1つを獲っているんですから。誰も真似ができないと思いますね。彼女のような選手はこれからも出てこないでしょう。
――陸上選手でいうなら、筋肉の違いによって長距離の選手が短距離を苦手とするようなものですか。
清水 それとはちょっと違いますね。選手はスケート靴を履くのでその使い方によってタイムが変わってきます。心・技・体を高いレベルで鍛えるのはもちろんのこと、ブレードという刃が付いた靴をどれだけ上手く使えるかにかかってきます。
ブレードの刃は厚さが1mmぐらいで長さは40cm前後。実はこのブレードをストレートや遠心力がかかるコーナーで操作するのが難しい。僕は短距離に特化したブレードにしていましたけど、彼女の場合は全距離に対応したセッティングになっているため、距離によってブレードと氷上の接地面のピンポイントが違ってくる。より繊細な感覚と技術が必要なんです。
例えば、全体重をかけると壊れてしまうガラスの上を、割れる瞬間に次のガラスに移動し、そしてそのガラスが割れる寸前に次のガラスに移動するという感じでしょうか。つまり一歩一歩スピードの最適地を崩さず、それを正確に何周も滑っていることになります。高い技術と鋭敏な感覚がなければできない。