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「負けるオリンピックも悪くはない」 体の“異変”を察していた清水宏保が小平奈緒選手に伝えたいこと

清水宏保さんインタビュー#1

2022/02/26
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スピードスケート特有の1500咳をものともせず

――高木選手はなぜ可能に?

清水 氷の情報、ブレードの感覚をキャッチする足の裏のセンサーが鋭敏で、それを伝達する神経や筋肉のアクセルの調整も凄く繊細ですね。もちろん、それを可能にするのはパワーを生み出すためのトレーニングですが、ただ彼女は、身体そのものはそれほど強い選手ではないと思います。

2月17日、金メダルをとった高木美帆選手 ©JMPA

――試合後のインタビュー時にはいつも咳を殺しているのが気になりました。内臓系が相当やられているんじゃないかって…。

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清水 あれはスピードスケート特有の1500咳(せんごひゃくせき)というものだと思います。僕も経験がありますが1500mの距離って気道が炎症しやすいんですよ。

 北京入りして間もない頃、美帆選手が調子悪そうだったので声をかけると、直前に1500mのトライアルを何本かこなしてきたと。それで咳が止まらないんだと理解しましたけど、初戦の3000mは相当辛かったと思いますね。それに、13日間で7試合もこなせば、肺が炎症してしまっているのは間違いないと思います。それなのに、最後のレースの1000mで、五輪新記録を樹立して金メダルを獲るなんて、なんて選手だ!って、やっぱり思っちゃいますよ。

勝つオリンピックだけが価値があるわけじゃない

――金メダルを期待されていた小平奈緒選手は捻挫を隠しての出場だったとか。

清水 右足の捻挫というのは試合後に聞いたんですけど、試合前から明らかに行動がおかしかったですね。普通はスタートの構えをするとき利き足を後ろにするのに、練習の時に左足にしたり右足にしてみたり…。体のどこかに異変があることは察していたけど、僕のソルトレイクパターンだなと考え、口には出しませんでした。

 僕もソルトレイクの時は腰を痛めていて、それを周囲に悟られまいと必死だった。だから、小平選手の気持ちを察して、見て見ぬふりをしていました。500mで17位と残念な結果になってしまいましたが、小平選手にこれだけは言いたい。勝つオリンピックだけが価値があるわけじゃない。負けるオリンピックも悪くはない、と。そこからしか見えない景色もあるんです。

500m17位の結果となった小平奈緒選手 ©JMPA

 人生の10%は自分で作り、90%はどう捉えるか。北京で見た景色を今後の人生に活かして欲しいですね。

――パシュートでは最終コーナーで高木菜那選手が転倒してしまい、惜しくも銀でした。

清水 菜那選手の足が疲れて転倒したという報道がありましたが、僕は違うと思いますね。後で本人に聞いても全く覚えていないと言っていましたが、僕には氷にできた小さな溝に彼女のブレードが取られたように見えました。

 平昌の時は、美帆選手が佐藤綾乃選手や菜那選手を引っ張ってきましたが、今回は佐藤選手や菜那選手が相当トレーニングをしてきたと見え、美帆選手を後ろから押していました。特に菜那選手は、僕からするとそこで押さなくてもいいのにという所でさえ、美帆選手をカバーしていた。足が疲れていたら自分の滑りで精一杯でそんなことはできません。

 ただ終盤になって、5種目7試合をこなす妹を思う余り、後ろから押し続けて自分の体力がなくなってしまったとも考えられます。転倒したとはいえ、立派な銀メダルです。

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