プーさんがプーチンに片思い
もっとも、近年の中国がロシアに強い好感を持ち、接近を望んできたことも事実である。もちろんその理由には、一帯一路政策に代表される政治・経済・軍事的な事情が大いに関係しているのだが、さらに忘れてはならないファクターが、習近平個人の際立ったプーチン好きだ。
習近平は2013年の国家主席就任後の最初の外遊先にロシアを選んだのを皮切りに、なんと現在までの9年間で38回もプーチンと会談している。習近平はプーチンを「私が心を開ける最良の友」(2018年6月)と呼んでいるほか、北京冬季五輪での両者会談の際には軍機関紙の『解放軍報』が「よき友、長き友、真の友」(好朋友、老朋友、真朋友)というスローガンを繰り返し用いた。
習近平は中国の指導者として毛沢東以来の権力集中に成功し、個人崇拝の風潮も強い。近年の中国において、習近平の言葉は「絶対」であるため、彼が熱烈なラブコールを送るプーチンの存在もまた、中国国内では「絶対」の存在となる。政権のブレーンたちとしても、プーチンの中国に対する誠意を疑うような分析は、習近平に具申しづらい。
加えて2018年ごろからの米中対立の深刻化を背景に、中国外交の現場では反米・反西側的なイデオロギーがもてはやされ、習近平が好む「戦闘的な」姿勢でこれらを声高に主張する言動が評価されるようになった(前出の中国駐大阪総領事・薛剣もその風潮に強く同調している人物だ)。こうした過剰な反米イデオロギーも、アメリカとの伝統的な対立構造を持つロシアへの親近感を強め、客観的な分析の目を曇らせることにつながった。
ただ、習近平が「心を開ける最良の友」だと思っていたプーチンは、どうやら習近平に大して心を開いておらず、ウクライナ作戦の詳細を教えてくれなかった。のみならず、むしろアメリカが中国に対して戦争の可能性を伝えていたのに、中国の外交官らは習近平への忖度からその情報を受け入れず、結果的にロシアへの義理立てを優先した。
近年、日本では中国について語る際に「したたかな中国」「すべてをお見通し」といった、やけに万能感のあるイメージで語られるケースが多い。
だが、事実関係を踏まえずに「したたかな中国」という説明にばかり飛びつく行為は一種の思考停止で、現実を見ないまま相手を無能扱いするのとあまり変わらない。中国は中国で、専制的な体制に由来する強みもあれば、逆にそれゆえの脆弱性も持っているのだ。
今回のウクライナ戦争の舞台裏における、ロシアの振る舞いと中国の戸惑いは、戦前戦中にナチス・ドイツの外交に振り回された大日本帝国の姿を連想させる部分すらある。2月28日、習近平は米欧の対ロ制裁に対してロシアを支える姿勢を示したというが、「反米」という共通点でつながったはずの2つの専制大国の関係は、実際は同床異夢ではないだろうか。