こちらもぜひ 国内編
『いくさの底』古処誠二「質実な文体が生み出す静かな迫力を持った解決編は一読忘れがたい。戦争小説とフーダニット、ホワイダニットが必然性を持って融合した戦争ミステリーの一つの到達点」(松川良宏)
『天上の葦』太田愛「これほど国家権力の荒廃や卑劣をクリティカルに糾弾し、かつ抜群の娯楽作として頁をめくらせるものは読んだことがない。警鐘小説のエポックメイキング。現実を射貫く小説の真髄にふれた思いがした」(真藤順丈)
『Ank:』佐藤究「あらゆる研究者や物語作家が解決を夢見た『意識はどこからやって来るのか?』の謎に迫り、『暴力はどこからやって来るのか?』という謎にもアンサーを試みる、今年最大の勇猛果敢なトライアル」(吉田大助)
『BUTTER』柚木麻子「バランスの悪い異形の小説、ゆえに魅力的。レディ・メイドなミステリにはない濃い味わい」(篠田節子)
『バスを待つ男』西村健「考えてみれば私が一番乗らない乗り物はバスだ。なのにこの本は私がよく乗るバスのよく行く場所を思わせる。加齢も退職も日常のミステリーも、すべてが心地よいスピードで進む」(岩井志麻子)
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今年の国内ミステリー
本格ミステリーあり、警察小説あり、青春ミステリーあり、時代小説あり、幻想ミステリーあり……と、極めてヴァラエティに富んだベストテンとなった。そのぶん、一見して目立った傾向は存在しないように思えるけれども、既に評価が確立している作家の作品が強い……とは言えるだろう。中でも、伊坂幸太郎は2作品がランクインという圧倒的人気を示した。また、柚月裕子は2位の『盤上の向日葵』のみならず、同じく今年発表のコンゲーム連作短篇集『合理的にあり得ない 上水流涼子の解明』の中でも将棋を扱っており、新たな世界に沃野を見出した感がある。
そんな中、1位を獲得したのはベストテン内で唯一の新人、今村昌弘の『屍人荘の殺人』だった。作品自体の面白さもさることながら、江戸川乱歩賞をはじめミステリー系の新人賞の多くが受賞作を出さなかった今年度の不景気感が、新人賞デビュー作家で最も注目された今村に期待を集中させる結果になった、とも分析できそうだ。
【国内部門12~20位】
12.『悪魔を憐れむ』西澤保彦 幻冬舎
12.『いくさの底』古処誠二 KADOKAWA
12.『双蛇密室』早坂吝 講談社ノベルス
15.『僕が殺した人と僕を殺した人』東山彰良 文藝春秋
16.『がん消滅の罠 完全寛解の謎』岩木一麻 宝島社
16.『月の満ち欠け』佐藤正午 岩波書店
16.『マスカレード・ナイト』東野圭吾 集英社
19.『天上の葦 上下』太田 愛 KADOKAWA
20.『ディレクターズ・カット』歌野晶午 幻冬舎
20位以内まで範囲を拡げれば、新人賞デビュー作家では『このミステリーがすごい!』大賞を『がん消滅の罠 完全寛解の謎』(16位)で受賞した岩木一麻がいる。『いくさの底』(12位)の古処誠二のような、派手さとは縁遠いけれども堅実な仕事をしてきた作家が高く評価されているのは心強い。今年最も活躍した作家のひとりである深町秋生が20位以内に入らなかったのは少々意外だったが、作品数が多く、票が割れた結果だろうか。(千街晶之)
(海外編に続く)