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脚本家から若手俳優へ贈られたメッセージ

 バイプレイヤーとして生きてきた松重豊に対して、尾上菊之助は生まれた瞬間から200年の伝統を背負う、歌舞伎界の中心に立つことを宿命づけられた人間である。それは栄光だけの道ではない。東京・歌舞伎座で『絵本牛若丸』の牛若丸役で初舞台に立ち、六代目尾上丑之助を襲名した時の年齢はわずか6歳。むろん厳しい修練はそれ以前から始まっている。

 若き日に役にありつけず、一時は役者を辞め建設会社の正社員に就職し、またその安定を捨てて俳優に戻った松重豊の人生は、確かにしたくはない苦労だが、そこには自由がある。

 松重豊の随筆と短編小説を収録した『空洞のなかみ』は、別の人格を入れ替える俳優という仕事を空洞にたとえ、しかし「その空は無ではない」というテーマに沿って書かれている。松重豊の豊穣にして洒脱な文章を読んでいると、俳優としての脇道、廻り道の中で、彼がいかに多くの人間たちと出会い、その内面の空洞を満たしてきたかよく分かる。

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事務所HPの情報では身長188cmだという松重豊さん ©文藝春秋

 尾上菊之助にその廻り道は許されなかった。歌舞伎の伝統のみならず、その革新の責任までも彼は背負っている。『新作歌舞伎・風の谷のナウシカ』で彼は主人公のナウシカを演じ、舞台として高い評価を得たが、それはアニメファンと歌舞伎ファンの両方から拒絶され、酷評される可能性もある危険な賭けだった。銀幕とテレビの時代の変わり目に苦悩しながら父を継ぐ「モモケン」、そして時代劇のルネサンスというテーマは明らかに彼に重ねて書かれている。

 無数の端役を演じ、世界の片隅を旅してきたバイプレイヤー松重豊と、日本文化の中心を背負う重圧に耐えてきたスター俳優・尾上菊之助が切り結ぶ第83回は、現実と虚構が交錯する見事な回になっていたと思う。

「相手役が上手えんじゃ。つられて若い兄ちゃんも上手うなっとる。そういうもんじゃ」

 第83回の冒頭では、松重豊と本郷奏多の殺陣を眺め、橘算太を演じる名バイプレイヤー濱田岳がそう語る。それは物語の中のセリフであると同時に、松重豊ら名優と共演する本郷奏多や川栄李奈に脚本家から贈られた、そうなれ、なるべきだという言葉でもある。そしてもちろん、実際にそうなっているのだ。松重豊が「耳と感覚の良さに驚いた」と絶賛する川栄李奈もまた、助演を重ねた末に朝ドラ主演をついに掴んだ役者だ。

 週のサブタイトルは1993−1994。物語は来週、あの1995年に入る。今週、3月16日の深夜に日本を襲った地震は、奇しくも阪神大震災と同じ「マグニチュード7.3」だった。4月上旬の最終回までもう1ヶ月を切った100年の物語の、最後の30年間、1995年、バブル崩壊、そして2011年3月11日を含めた苦難の30年間を、川栄李奈たちはラストに向けて一気に走り抜けることになる。