まもなく開幕する2022年のペナントレースに照準を合わせ、選手たちは前年終了直後のオフシーズンからそれぞれの取り組みを行なってきた。メディアを通じて十人十色のアプローチが伝えられるなか、一部の投手のトレーニングとして注目されたのがやり投げだ。

 野球界では長らく否定的な見方が強かったものの、オリックスの山本由伸が取り入れていることが広まり、“固定観念”に変化の兆しが表れ始めた。ソフトバンクの千賀滉大も普段の練習からでも取り組んでいるという。

山本由伸 ©文藝春秋

 筆者は昨年末、千賀がやり投げ日本代表歴のあるディーン元気、小南拓人、佐藤友佳らと行ったトレーニングを取材する機会に恵まれた。とりわけ衝撃を受けたのがメディシンボールスローで、162cm、55kgの佐藤が187cm、89kgの千賀より見るからに高い出力を発揮していたことだ。その理由は「スポーツナビ」の記事に詳述したので、興味のある人は参照してほしい。

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 野球の投手がやり投げを取り入れる目的について、千賀はこう話した。

「野球の硬式球は150グラムくらいしかないですが、やりは800グラムあります。助走をつけて投げるので、実際には800グラム以上の負荷がかかっています。そのためには体をちゃんと作らないと負荷に耐えられないですし、体を大きく使わないと肩やひじをケガします。野球選手がやり投げのように体を大きく使うことをピッチングに応用できれば、もっと力をロスなく投げられると思います」

 このトレーニングに参加した一人が、ソフトバンクの杉山一樹だった。昨季160キロを計測し、今年の先発ローテーション定着を期待される大型右腕だ。

 今季と昨季の投球フォームを見比べると、違いが明白にわかる。昨季はリリースの瞬間に力感を見て取れるが、今季は一連の投球動作がよりスムーズに行われている。胸郭も柔らかく使えるようになった印象だ。

 先日、杉山に取材する機会があり、その旨を伝えると、パソコンの画面越しにはにかんだ表情を浮かべながらトレーニングの成果を明かした。

自然の原理に基づいた投球方法

 ただし、やり投げをすれば野球の投球がうまくなるわけではない。山本もそう言い切っている。千賀が言うように、やりは硬式球の5倍以上の重さがあり、準備不足で投げるとケガにつながる恐れもある。

 一方、やり投げを因数分解すれば、野球の投球向上につながるヒントが隠されている。プロの投手のように身体ができ上がった者たちだけでなく、小中学生にもその効果をうまく伝えられないだろうか。そうした発想で開発された器具が「フレーチャ」だ。

「自然の原理に基づいた投球方法を伝えるには、僕が口で言うより、これを投げるほうが伝えやすかったんです」

 大阪府鶴橋で矢田接骨院を営み、フレーチャの開発に携わった矢田修トレーナーはそう話した。山本は高卒1年目から同トレーナーに師事し、ブリッジやエクササイズで土台を固めてきたことが飛躍の背景にある。やり投げは、そうしたエクササイズの延長線上にあるものだ。

 もともと陸上選手だった矢田トレーナーは10年ほど前から、やり投げの導入として開発された「ジャベリックスロー」を野球選手のトレーニングに取り入れ始めた。ターボジャブという重さ300g、長さ70cmの器具を使用する投てき種目だ。

©中島大輔

 対してフレーチャは重さ400g、長さ73.5cmで、開発を担当したプロスペクト社の瀬野竜之介社長は「より野球に近づけた」と説明する。矢田トレーナーと1年間改良を繰り返し、昨年7月の発売開始に至った。山本も今はフレーチャを使っている。

 矢田トレーナーが定期的に指導する堺ビッグボーイズは筒香嘉智(パイレーツ)や森友哉(西武)らが中学時代を過ごしたチームで、もともと投手の練習にジャベリックスローを取り入れていた。フレーチャの発売とともに使い始め、阪長友仁監督は効果を実感している。

「ジャベリックスローは野球用ではないから重みを感じなくて投げにくかったり、くるくる回って下に落ちたりしました。フレーチャの方が重みがあるので、野球で投げることにつながるように感じます。フレーチャを肘から抜くように投げたらシュッと真っすぐには飛んでいかず、ポトンと下に落ちてしまいます。発射方向が横にズレると飛ばなくなるので、どうやって力を真っすぐ、最大限に伝えるか。フレーチャを投げることによって、自然とそういう投げ方が身についていきます」