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オリックス・山本由伸はなぜ独特な投げ方をするのか…その秘密は「やり投げ」と「フレーチャ」にあり?

文春野球コラム オープン戦2022

2022/03/19
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足先から手先を一本の“釣竿”に

 山本はフレーチャを使ったトレーニングの目的について、「体を大きく使うこと」と話した。阪長監督は矢田トレーナーの表現を借り、「体を一つにつなぐ」と説明する。

「体の足の先から手の先までが一つの釣竿みたいにつながりになって、ビュンって投げる。体がつながっていたとしたら、足の先からすべてがうまく連動する。それが体の“一番大きい使い方”だと思います。一方、肘だけ前に出てクイッと投げたら、そこに過度な負荷がかかる。フレーチャを投げていると、両者のイメージの違いをすごく感じられます」

 野球のボールは軽くて小さいため、小手先だけでも投げられてしまう。対してフレーチャをうまく投げるには、体全体を使わなければならない。「体を大きく使う」や「体を一つにつなぐ」という表現は、ここに通じている。

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 堺ビッグボーイズは野手の練習にもフレーチャを取り入れると、思わぬ効果が表れた。捕手のスローイングが改善されたのだ。阪長監督が続ける。

「キャッチャーは盗塁の際、とっさに投げないといけないから投げる瞬間に力みがちです。特に小中学生のキャッチャーはそうです。力みがあると、一瞬強い球を放れるけれどもボールが垂れたり、回転が悪かったりするケースもあります。ケガしそうだなという心配もありました。でもフレーチャの練習をしてから、しっかり指にかかったボールが真っすぐにビューンっと放れるようになっています」

 堺ビッグボーイズでは、2人1組でフレーチャを3段階で投げていく。まずはスライドステップで投げて、次に前足を上げてから投げ、最後に助走をつけて投げる。

 次にキャッチボールに移ると、3球くらいで塁間まで距離を広げられるようになった。阪長監督にとって、狙い通りの意図だ。

「もともと、フワッと投げ始めるのはやめようと言っていました。そういう場面は野球の試合ではないし、それで投げる感覚がよくなることもないので。キャッチボールでも、フレーチャを投げているときと同じ感覚で体全体を使ってパチーンと放れるので、指にかかって伸びる球がいくきます」

 

山本由伸の投げ方の真髄

 力みがちな選手に加え、「肘を出して」(あるいは「肘を抜いて」)投げる選手には、とりわけ効果があると阪長監督は言う。

「指導者の中には『肘を出せ』と言う方もいると思いますが、その投げ方では肘への負担が非常にかかります。特に小学生や中学生は骨も成長段階で、もろいところがあるので。逆にフレーチャは肘を出した投げ方では投げられないので、正しい投げ方を身につけられます」

 筆者は2021年オフから山本由伸に関する取材を進めている。唯一無二の沢村賞投手がどのように台頭してきたのか興味があり、同時に選手育成にもヒントがあると考えたからだ。

 取材の過程で時折、耳にする話があった。今、全国には山本をマネて投げる少年少女が多くいるが、ケガにつながっているというのだ。

 山本自身は高校時代から右肘の張りをたびたび感じ、オリックスに入団して1年目も悩まされたため、故障せず、より高いパフォーマンスを発揮するために現在の投げ方に至った。それにもかかわらず、なぜケガをする少年少女が出ているのか。おそらく、彼のフォームの一部だけを切り取ってマネしているからだろう。

 山本の投げ方の真髄は「体を大きく使う」ことや「体を一つにつなぐ」ことにある。フォームをコピーするだけでは気づけないだろう。

 トレーナーやバイオメカニクスの専門家なら山本の投球メカニクスの真意をわかるかもしれないが、多くの元プロ野球投手たちでさえ「アーム投げ」と否定したくらい独特な投げ方だ。山本は「アーム投げとは違う」と言うが、これまでの野球界の“常識”とはそれくらい異なっている。

「僕が口で言うより、これを投げるほうが伝えやすかったんです」

 矢田トレーナーは、故障に苦しむ少年少女を一人でも減らし、より良い投げ方を伝えたいとフレーチャを開発した。野球肘に悩まされている選手や、パフォーマンスアップを見据える指導者は、ぜひ一度試してみてほしい。

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