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 焦る気持ちを隠しながら監視し続けたものの、やはり動きはない。あきらめて電車を降りた瞬間、後ろからやってきた男にポンと肩を叩かれた。

「ご苦労さん!」

 老獪(ろうかい)な犯人グループにとって、刑事の動きはすべて「お見通し」だったというわけだ。敵もさるもの、である。

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三課に伝わる「捜査のセオリー」

 電車においてターゲットになるのは、酔客が多かった。特に給料日、ボーナス日を狙った犯行が多い。当時は袋詰めになった現金を直接手渡しで支給していた会社が多かったため、それを狙うスリ集団が各所に出没。三課の刑事たちにとって月末の給料日はまさに「決戦の日」であった。

 阪神間の電車には特徴があり、阪急電鉄は所得の多い比較的リッチなサラリーマンが多かった。それだけ狙われやすく、阪急はもっとも警戒した鉄道路線のひとつである。

 国鉄(現在のJR)の被害も多かったが、当時の国鉄車両はボックス型のシートになっているものが多く、死角が多いため捜査は難しかった。

 スリ集団はたいてい6、7人のグループで動いており、ターゲットとなる酒に酔った客を取り囲むようにして幕を張り、巧みに金品を抜き取るケースが多い。だが、財布を抜き取る前に突撃しても事件にはならず、かといって電車を降りられると追跡が難しくなる。手慣れたスリ集団は、ドアが閉まる直前で財布を抜き取り、そのまま降りて逃げるため、怪しまれぬよう追跡しながら現行犯で検挙するのは大変難しい仕事だった。

 三課で仕事を始めて間もないころ、先輩刑事と毎朝、神戸線兵庫駅で通勤電車を狙う、不審人物を確認する任務についたことがあった。

 冬のホームは冷たい風が吹き抜け、あまりに寒い。思わずポケットに手を入れて電車を待つと、先輩刑事にこう注意された。

「オイ、手を出しとけや」

 言われた通り手を出すと、先輩刑事はこう呟(つぶや)いた。

「目つきが悪うなるんやで」

 人は、ポケットに手を入れると知らず知らずのうちに、険しい目つきになってしまい、そこから刑事であるとバレてしまうことがあるのだという。

 おそらく、三課に伝わるひとつの「捜査のセオリー」だったと思うのだが、私は先人の知恵に感心して、自分の「目つき」にも注意を払うことを心がけるようになった。