当時、運行が始まったばかりの新幹線や長距離列車では、必ず車掌が車内を回って切符を確認する「検札」があった。犯人グループは、この車掌の後ろにメンバーの1人をピタリと張り付かせ、客の動きを細かく観察する。
スリをつかまえるための刑事は、いちいち切符を購入して列車に乗車しているわけではない。改札も警察手帳を見せて素通りしているわけだが、車内検札が来れば、やはり警察手帳を呈示することになる。
車掌は「スリの捜査をしている刑事さんだな」と理解し、それ以上何も言うことはない。だが、この動きで車掌の後ろの犯人にも「刑事がいる」ことがバレてしまう。
刑事が乗車していることを察知した犯人は、すぐさま「犯行中止」の合図を各車両に乗り込んでいるメンバーに合図で伝令。これで刑事の張り込みを空振りに終わらせるというわけだ。
検札を担当する車掌が思わず…
この話には余談がある。あるとき、検札を担当する車掌が後ろにつけていた犯人グループのメンバーに、小声でこう囁(ささや)いたのだ。
「あそこにスリ犯が乗っています!」
車掌は、ピタリと後ろからつけてくる男を私服刑事と思い込み、見覚えのある顔のスリ犯を見て思わず「報告」してしまったのだ。これは、後に逮捕されたメンバーの自供で判明した実話である。
最初の1人の逮捕から、自供に基づく捜査を重ねた結果、翌1967(昭和42)年までに34名の犯行グループを検挙した。被疑者の留置、取り調べ、護送など非常に煩雑な事件であったが、坂本係長からは簡易公判手続きを教えていただき、非常に勉強になったことをよく覚えている。
この事件で考えさせられたことのひとつに、少年院や刑務所の役割がある。
全国の矯正施設は、受刑者に罪と向き合う環境を作り、真摯に反省をさせたうえで、二度と同じようなことを起こさせない、そうした考えのもとに運営されているはずである。
だが、実態として少年院、刑務所でワルの度合いがさらに増幅するケースの何と多いことか。悪い知恵が1ヵ所に集まることでさらに犯罪傾向が強まり、「出所したら落ち合おう」といった形で悪のネットワークが形成されるとしたら、完全に逆効果である。現場のことを知る人間が知恵を出してこの触発効果をどう防止するか、検討されてもいいのではないかと私は思っている。