文春オンライン

「新聞に出とる昨日の事件のもんやけど」捜査本部へ突然の電話…警察官殺傷事件の犯人と捜査官による“まさかの通話内容”

『二本の棘』より #2

2022/03/26
note

 ひとたび事件が起きると、刑事は徹底的に捜査に奔走するのが基本である。どれほど調べても真犯人にたどり着けない「未解決事件」がある一方で、犯人からの接触がきっかけで一気に解決に向かう事件も存在する。

 ここでは「グリコ・森永事件」「神戸連続児童殺傷事件」などを担当した元捜査一課長・山下征士さんによる著書『二本の棘』から一部を抜粋。警察官をナイフで刺して逃走した犯人が山下さんに電話をかけてくる、緊迫したシーンを紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

©iStock.com

◆◆◆

ADVERTISEMENT

記憶に残る「生田警察官殺傷事件」

 私が捜査一課の課長補佐時代、もっとも記憶に残る事件のひとつが1986(昭和61)年に起きた「生田警察官殺傷事件」である。

 警察官が命を落とす殉職事件はしばしばあるが、それが事故や災害でなく殺害された場合、何があっても犯人を検挙しなければならない。命を懸けた人間の姿を目の当たりにすれば、誰に命令されるわけでもなく、そうした気持ちにさせられるものである。

 事件は7月14日未明、神戸市中央区の歓楽街で起きた。

 神戸を代表する三宮(さんのみや)歓楽街では当時、飲食店を狙った出店荒らしが頻発しており、所轄の生田署が捜査に乗り出していた。

 私服で警戒にあたっていた生田署の留秀行(とめひでゆき)巡査(26歳)と同僚のG巡査(21歳)が、不審な男を発見、警察手帳を見せ職務質問したのは、夜も明けようかという午前3時27分ごろのことだった。

 留巡査 「警察の者やけど」

 G巡査 「いま、出店荒らしの捜査をしとる。質問させてくれ」

 男 「はあ」

 G巡査 「あんた、どこかで見たことあるんやけど、わしのこと知らんか」

 男 「いや、知らん」

 G巡査 「いや、どっかで見たわな」

 男 「わしゃ知らん」

 G巡査 「話し方、鹿児島弁みたいやけど、あんた鹿児島の出身か」

 男 「いや、違う」

 G巡査 「九州出身か」

 男 「いや、違う」

 G巡査 「そんならどこや」

 男 「四国の“モリ”いうねん」

 留巡査 「名前は」

 男 「モリや」

 G巡査の父は鹿児島出身で、男の話す言葉の訛(なま)りにはどこか聞き覚えがあったという。不審な男は「モリ」と名乗ったが、証明するものを呈示したわけではなく、本当かどうかは定かでない。2人の巡査は職務質問を続けた。