「死にたくない」警察副署長時代の虚しい経験
茂さんは現役時代、福井県警に警察官として勤務していた。防犯課(現在の生活安全課)で、マルチ商法やサラ金、少年犯罪など県民の生活に根ざした事件を摘発し続けた。県警本部などでの勤務が多かったが、定年直前、最後のキャリアとして東尋坊を管轄する三国警察署(現在は坂井西署に統合)の副署長の任についた。
「副署長を務めたのは2003年度の1年間だけ。でも、この1年間で東尋坊では21人もの変死体が発見され、80人近い自殺未遂の人を保護したんですよ。
保護した人たちに話を聞くと、『本当は死にたくない』『助けてほしい』『できるもんなら再出発したい』という声が多かった。遺書も、いくつも読みました。そこには死ぬのが恐いという言葉と『ごめんなさい』という家族への謝罪の言葉が並んでました」
自殺しようとする人(自殺企図者)は事件に巻き込まれているわけではないため、警察にできることは、保護して行政に引き渡すことくらいだ。相談に乗ることはできても、問題解決のために行動することは「民事不介入」という原則に反するためできない。
それでも茂さんは勤務外の早朝や夜に東尋坊を1人で見回り、自殺しようとする人を保護する生活を送った。
「自殺は社会全体の“組織犯罪”ですわ」
茂さんが調べると、2003年までの10年間で、東尋坊で自殺した人は256人。このうちの8割は県外から東尋坊へ来ていたことも分かった。
「『なんとかならんか』と県や国、国会議員に相談したら、国定公園である東尋坊は県が整備することになっていることが分かりました。でも、当時の福井県は『自殺の名所だから東尋坊に観光客が来ている』『東尋坊の岩場は天然記念物に指定されているから柵をつくることができない』などと言って、対応しようともせんかった。
各政党に陳情に赴いても、とある議員からは『あなたが代議士になりなさいよ。応援しますよ』と言われる始末でね。要するに、『自殺なんてもんは本人の問題』と、真剣に考えていない人がほとんどやったんです」
こういった行政や国会議員の対応から、茂さんは「自殺は個人の責任だけでなく、社会構造自体が問題を抱えている」という考えを深くした。
「自殺は、社会全体による『組織犯罪』ですわ。自殺に追い込まれているのに救いの手を誰も差し伸べない、市民の叫び声に応えていない社会に怒りを覚えた。こんなことがあっていいんかと」