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「キモイ」「うざい」「死ね」「ガイジ」……17歳の高校生を死に追いやった教室で“日常的に飛び交っていた言葉”とは

熊本高3女子インスタいじめ自殺事件#1

2022/08/20

source : ライフスタイル出版

genre : ニュース, 社会

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 SNS、教育格差、友人関係……現代の子供たちがおかれた衝撃的な状況を浮き彫りにした石井光太著『ルポ 誰が国語力を殺すのか』が刊行された。本書にも収録された「熊本インスタいじめ自殺事件」のルポを、後日談を追記して再公開する(初出:2022年3月4日)。

 熊本県で、高校3年の一人娘をいじめ自殺によって失った父親は、感情を押し殺すようにしてこう語った。

「いじめと一言で表しても、暴力のいじめ、精神的ないじめ、言葉のいじめなど、たくさんあります。その中で言葉のいじめは軽く見られますが、うちの娘がそうだったように言葉は時として、人を自死に追い込むほどの暴力性を帯びた凶器となりえるのです。それを今の若い人に危機感を持って理解してもらいたいと思います」

 2018年5月、インスタグラムへの投稿を機に起きた、女子高生のいじめ自殺事件は、約4年の時を経て、今年から民事裁判がはじまった。

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 裁判は、原告と被告にわかれて真実をめぐって互いの主張を述べるものだ。遺族の側にしてみれば、被告人や弁護人が口にする弁明を聞くことで、心が折れるような思いをすることもあるだろう。

 それでも遺族があえて民事裁判に踏み切ったのには、理由がある。死んだ娘が受けた、いじめの事実をきちんと残したかったからだ。

 学校で自殺事件が起き、遺族が要望すれば、教育委員会や第三者委員会による調査が行われる。だが、その調査は加害者側からの聞き取りが中心になるため、死亡した被害者側の思いは盛り込まれにくい。

 今回の事件の遺族は、それを危惧し、民事裁判によって責任の所在を明らかにした上で、二度と言葉という「凶器」が若者の命を奪うようなことをなくしたいと思っているのだ。

 一人の少女がインスタをきっかけに命を絶った背景を、民事裁判を闘う遺族の葛藤とともに記していきたい。

◆ ◆ ◆

もう死にたいと思った

 2018年5月17日、熊本県北部のある町で、祖母が首をつっている高校3年の孫の姿を見つけた。女子高生の名前は、深草知華(事件当時17歳)。142センチの小柄で、先輩後輩問わず好かれる、愛嬌のある子だった。

 この日、彼女は通っていた高校で、インスタグラムへの投稿による「誤解」がきっかけとなって同級生とトラブルになった。その後、「頭が痛い」と言って3時間目の休み時間に早退、帰宅後わずか一時間の間に彼女は戸棚の取っ手に縄跳びの紐を通し、縊死したのである。

深草知華さん

知華は遺書の最後に次のように記している。

〈昨日起きたある誤解により、3の2のある一部の人たちから、「そんなことしきらん」「よー学校これるね」「もー自分のことって気づいてんじゃ?」「しねばいい」「おもしろくなってきた」など言われた。誤解なのに。その一部の人たちが、おもしろおかしく笑いながらそういうことを言っていた。とても苦しかった。解決したと思ったらその人たちがコソコソとしてる。

 授業が終わったあと、友だちは去っていった。1人の子と一緒に担任の所へ行った。だれも助けてくれなかった。

 もう死にたいと思った。だって死ねばいいって言われたから。

 クラスのみんなが大好きだった。いつもアリガトウ〉

 事件後、「熊本県いじめ防止対策審議会」が結成されて関係者に対する聞き取り調査が行われ、同級生の発言など5件をいじめと認定し、自殺との因果関係を認めた。現在、亡くなった生徒の遺族は、当時の同級生4人を相手に提訴している。

 彼女のいう「誤解」にはどんな背景があったのだろうか。

 その人間関係と言語環境をつまびらかにすることは、現代の若者たちのおかれたリアルな環境、自殺問題の本質を理解するうえでの大きな公益性があると筆者は考える。本稿の記述は、取材の過程で入手した「熊本県いじめ防止対策審議会」が作成した調査報告書や関係者取材などに基づいている。

おとなしく控えめな性格だった

 深草知華が生まれ育ったのは、熊本県北部の人口5万人ほどの町だ。かつては炭鉱で栄えたが、今は産業と呼べる産業はなく、高齢化が進んでいる。

 2000年、トラック運転手をする父親と、2歳年上のパート勤めの母親のもと、深草知華は長女として生まれた。海に面した母方の実家に隣接する一軒家で暮らしており、他には6歳下の弟がいる。