ウクライナへの全面侵攻を続けているロシア。プーチン大統領は核兵器の使用も示唆しており、世界各国がその動向を注視している。

 ここでは、軍事アナリスト・小泉悠氏の著書『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)から一部を抜粋。ロシア、そしてプーチン大統領の今後の国際的な立ち位置や、日本の対露戦略などを紹介する。(全2回の2回目/前編を読む

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プーチン・システムの今後

 ロシアは思想の国として知られ、この点は軍事の領域においても同様である。兵力や技術力で劣勢に陥っても、ロシアの軍事思想家たちの発想力だけは衰えることなく、むしろ逆境を克服するためにその創造性を研ぎ澄ませてきた。

 では今後、以上で見たようなロシアの軍事戦略はどのように発展していくのだろうか。この問いに明確な答えを出すことはもとより簡単ではないが、1つの鍵となるのは、ロシアという国家自体の先行きであろう。

 本書の執筆作業は主に2020年の後半から2021年初頭にかけて行われたが、この間の2020年7月にはロシア憲法改正という大きな出来事があった。この改正では、プーチン大統領が2024年の任期切れ後にも改めて大統領選に出馬して、最長で2036年までその座に留まることが可能となる一方、不逮捕特権を持つ「国父」として院政を敷く道も開かれた。

 実際にプーチン大統領がそのいずれを選択するのかは、おそらく任期切れの直前まで明らかにされないだろうが、何らかの形でプーチン・システムを長期にわたって存続させようとしていることだけは明らかであると思われる。

プーチン大統領 ©JMPA

 プーチン・システムという言葉にはっきりとした定義はないが、2000年代以降にプーチン大統領を中心として築き上げられてきた政治・経済体制という意味でここでは用いている。この「システム」は、2000年代には非常に大きな成功を収めた。ソ連崩壊による深刻な政治・経済的混乱、生活不安、国際的な地位の失墜などが相次いだ1990年代と比較すると、2000年代のプーチン政権下では経済が好調な伸びを示し、行政サービスや社会インフラも年々目に見える形で改善されていった。

 凋落する一方と見られていたロシアの国際的な影響力も回復したし、新たな連邦分裂の危機をもたらしていたチェチェンの反乱も鎮圧された。プーチン大統領についていけば、ロシア人は安心して、誇りを持って暮らしていけるのだという希望をプーチン・システムは与えたのだと言えよう。その間、情報機関による国民監視やマスコミの国家統制、NGOに対する弾圧などは強まっていったが、それに対する反発が大きな広がりを持つことはなかった。

 しかし、2010年代に入ってから経済成長が鈍化し、2014年のウクライナ危機以降には西側との政治・軍事的対立が先鋭化すると、そこに変化が生まれる。2011年の下院選における選挙不正疑惑をきっかけに大規模な反政府デモが度々発生するようになり、プーチン大統領の支持率も低下傾向をたどった。依然としてプーチン大統領のリーダーシップに対する信頼感、あるいは他に適当な指導者が見当たらないとの理由による消極的支持はかなりの規模で残存しているが、2000年代のような権力と国民の蜜月はほぼ瓦解している。