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 2021年1月、ロシア当局に毒殺されかかった野党活動家アレクセイ・ナヴァリヌイが療養先のドイツから帰国した直後に拘束され、これに対して2011~12年の反不正選挙デモ以来となる大規模な抗議運動がロシア全土で盛り上がったことは、プーチン・システムの弛緩が依然として進んでいることを窺わせる。 

 プーチン大統領の権力基盤であったエネルギー資源についても、長期にわたって価格の低止まりが続いており、結果的に世界経済の成長ペースを下回る低成長しか実現できていない。米中が覇権争いを繰り広げる最先端科学技術の進展にもロシアは付いていけておらず、このままではロシアの国際的地位は地盤沈下のように徐々に低下していくことになろう。

ロシアと西側の「永続戦争」はどこまで続くか?

 このように考えていくと、権威主義体制の下にあるロシアと、これを受け入れない西側という構図 ―― すなわち「永続戦争」は今後とも続いていく公算が非常に高い。しかも、この間にロシアが2000年代のように飛躍的な経済成長を遂げるとか、技術革新の最先端に立つことは見通しがたいとすると、質量ともに劣勢なロシアが西側との軍事的対峙を続けるという状況にもおそらく変化はないだろう。

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 つまり、本書で見たような「ロシア流の戦争方法」は少なくとも2020年代から2030年代くらいまでは中心的な軍事戦略に留まるのではないかというのが筆者の見立てである。仮に、これを「長い2010年代」シナリオと名づけることにしよう。

 だが、「長い2010年代」は、西側からの孤立化と経済停滞の継続をも意味している。それでもなお、ロシア国民が現状を受け入れ続けるのかどうかは、考慮に入れるべきもう1つのファクターであろうが、ロシアにおいてウクライナのような政変が発生する蓋然性はあまり高くない。プーチン政権がそれを恐れていることは本書の第2章で詳しく論じたとおりではあるが、ロシアにおけるエリートの結束度や経済の国家依存度、そして1990年代の混乱の記憶に基づく政変への忌避感は、全体として極端な政治変動を抑止する効果を持つからである。

 他方、プーチン・システムの内側における体制内改革のようなものであれば、想像できないことはない。2008年のメドヴェージェフ政権の成立はまさにそのような事例であったし、実際にロシアが国力の衰退に歯止めをかけようとするならば、一定のリベラル化による西側との関係改善はむしろ必須のはずである。

 したがって、2024年の任期切れに伴ってプーチン大統領がその職を退き、院政への移行を決断できるかどうかは、ロシアの国内問題に留まらず、同国の置かれた国際的環境を改善する(おそらく最後の)チャンスということになろう。仮にこのような形でロシアが「長い2010年代」を脱却できるならば、ロシアは西側との大規模戦争に備えた軍事的態勢を再び低減させ、その国力に見合う水準まで軍事力を削減できる可能性が出てくる。

©JMPA

 問題は、プーチン大統領と彼を支える政策決定サークルがこのようなシナリオを受け入れるかどうかだ。先に述べた2020年の憲法改正について、プーチン大統領は当初、大統領任期を「生涯で合計2期まで」に制限することに同意すると述べ、内外に大きな波紋を広げた。従来の憲法の規定では「連続2期まで」とされており、「1回休み」を挟んで同一人物が大統領に復帰する可能性が排除されていなかったが、プーチン発言の通りに憲法が改正されれば、既に4期を務めている同人は2024年に引退するほかないと解釈されたためである。

 しかし、実際に憲法改正のプロセスが開始されると、改正案は「これまでの任期を除いて生涯で2期」と修正され、結局はプーチン大統領の続投が可能となってしまった。その真相は現時点で明らかでないものの、院政では権力保持に不安があるという考えがプーチン大統領本人またはその側近集団で強まったという可能性が考えられよう。

 体制内改革による苦境の脱出か、「長い2010年代」の中での緩やかな衰退か ―― 現在のロシアはまさにこのような岐路に立っているのであって、その先行きはロシアの軍事戦略にも直接影響を及ぼすはずである。