ウクライナへの全面侵攻を続けているロシア。今後、核兵器を使用するのではないかという懸念も強まっており、世界各国がロシアの軍事動向を注視している。

 ここでは、軍事アナリスト・小泉悠氏の著書『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)から一部を抜粋し、ロシアの核戦略について紹介する。(全2回の1回目/後編に続く

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破滅を避けながら核戦争を戦う

 ソ連は1983年、NATOが核兵器を使用しない限り核使用には訴えないとする「先制不使用(NFU)」を宣言したが、これはソ連を中心とするワルシャワ条約機構軍の通常戦力がNATOに対して優勢に立っていたからできたことである。

 これに対して、ワルシャワ条約機構軍の全面侵攻を通常戦力のみで阻止するのは困難であると見ていたNATOは、「柔軟反応戦略」を採用し、開戦劈頭に西ドイツ国内で戦術核兵器を使用することで通常戦力の劣勢を補う方針を基本としていた。

 ところが、ソ連の崩壊とロシアの国力低下、そして中・東欧諸国のNATO加盟によって状況は180度逆転してしまった。通常戦力で劣勢に陥り、ハイテク戦力でもNATOに水を開けられたロシアでは、こうした状況下で「地域的核抑止」と呼ばれる戦略を採用する。

 NATOの「柔軟反応戦略」を東西逆にして焼き直したものであり、戦略核戦力によって全面核戦争へのエスカレーションを阻止しつつ、戦術核兵器の大量使用によって通常戦力の劣勢を補うというのがその骨子である。核による破滅を避けながらも核戦争を戦うということだ。

 ロシアは、ソ連末期の1991年にゴルバチョフ大統領が発出した大統領核イニシアティブ(PNI)と、これに続く1992年のエリツィン大統領のPNIに基づいて戦術核兵器の多くを退役させ、残りを国防省第12総局(12GUMO)が管理する集中保管施設に移管したことになっている。

ロシアのプーチン大統領 ©JMPA

 だが、これ以降、その実態は検証されておらず、ロシアが30年前の約束をまだ守っているのかは全く不透明である。現在のロシア軍が実際にどの程度の戦術核兵器を保有しているのかについても公式の情報では一切明らかにされておらず、大方の推定では1000~2000発前後の戦術核弾頭が現在も有事の使用を想定して準備状態に置かれていると見られている。

 いずれにしても、通常兵器や対宇宙作戦、電磁波領域作戦などを動員した損害限定戦略が失敗に終わった場合には、戦術核兵器が使用される可能性が現在も残されていることは疑いない。