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核兵器や極超音速兵器の準備は着々と進められていた…「プーチン大統領が承認している」ロシア軍の“大規模戦争戦略”とは

『現代ロシアの軍事戦略』より #1

2022/04/04
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「エスカレーション抑止」と呼ばれる核戦略

 一方、これと並行して発展してきたのが「エスカレーション抑止」とか「エスカレーション抑止のためのエスカレーション(E2DE)」と呼ばれる核戦略である。限定的な核使用によって敵に「加減された損害」を与え、戦闘の継続によるデメリットがメリットを上回ると認識させることによって、戦闘の停止を強要したり、域外国の参戦を思いとどまらせようというものだ(Sokov 2014)。

 その実態については、「スタビリノスチ2009」演習に際して軍事評論家のゴリツが『自由ヨーロッパ・ラジオ(RFE)』ロシア語版のインタビューに答えた内容がわかりやすいだろう。ゴリツが描くエスカレーション抑止型核使用とは次のようなものである(Радио Свобода 2008.9.22.)。

(前略)戦略的な性格を持つロシアの指揮・参謀部演習は、1999年頃から行われるようになりました。現在まで、それらは全て1つのシナリオの下に行われています。侵略者がロシアの同盟国かロシア自体を攻撃するという想定です。通常戦力は相対的に劣勢であるため、我々は防勢に廻ります。そしてある時点で、我が戦略航空隊がまず、核兵器によるデモンストレーション的な攻撃を仮想敵の人口希薄な地域に行います。我が戦略爆撃機はこれを模擬するために、通常、英国近傍のフェロー諸島の辺りを飛行しています。これでも侵略者を止めることができない場合には、訓練用戦略ミサイルを1発か2発発射します。その後はこの世の終わりですから、計画しても無意味ですね。

 ゴリツは民間の(しかも多分に反体制的な)軍事評論家であるが、彼の語るエスカレーション抑止のあり方は、ロシア軍内部における議論の動向と非常によく合致している。特に重要なのは、ゴリツがデモンストレーションと限定的な損害惹起を区別している点だ。

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 つまり、限定的な核使用とひとくちに言っても、そこには「見せつける」ための核使用から、実際にある程度の損害を与えて相手を思いとどまらせることまでの幅が存在するということである。

 米海軍系のシンクタンクである海軍分析センター(CNA)は、膨大な数のロシアの軍事出版物分析に基づき、エスカレーション抑止戦略に関する2本の詳細な分析レポート(Kofman, Fink, and Edmonds 2020/ Kofman and Fink 2020)を2020年に公表しているが、ここではエスカレーション抑止型核使用の諸段階がより詳しく整理されている。

 その第1段階はゴリツのいう「デモンストレーション」であり、この中には兵力の動員や演習による威嚇から特定の目標に対する単発の限定攻撃(核または非核攻撃)までが含まれる。

 一方、これでも所期の目的(戦闘の停止や未参戦国の戦闘加入)を阻止できない場合に行われるのが第2段階の「適度な損害の惹起」で、紛争のレベルに合わせてもう少し規模や威力の大きな攻撃を敵の重要目標に対して実施し、このままでは全面核戦争に至りかねないというシグナルを発する――というものである。

 ロシアの「抑止」概念においては、相手の行動を変容させるために小規模なダメージを与えることが重視される。軍事力行使の閾値下においては、こうした「抑止」が米国大統領選への介入などといった形を取ったが、軍事的事態においては限定核使用による「損害惹起」がこれに相当するということになろう。