“洞窟名物うどん”が大人気のワケ
坑道内の衝撃的すぎる光景に見とれて長居していると、徐々に寒くなってきた。坑内の温度は20℃以下なので、真夏の恰好では寒かったのだ。たまらず、300円でうどんを買った。“洞窟名物うどん”のポップが目を引く。温かいうどんは大人気だった。
出入り口となる坑道は狭いため、一方通行となっていた。入り口とは別の坑道から、同じように身をかがめて外に出ると、一気に生ぬるい空気に身を包まれた。
この洞窟夏祭り、1978年から毎年行われてきたが、残念なことに私が訪れた2016年が最後の開催となってしまった。洞窟内でお店のお母さんに聞いた話では、夏祭りを主催しているのは青年部だが、みな70歳を超えてもう無理、とのこと。39年間続いた洞窟夏祭りだったが、高齢化には勝てなかった。非常に残念だが、これは仕方がないと思わざるを得なかった。
あの洞窟は今どうなっているのか?
あれから月日が流れ、あの洞窟はどうなっているのか――。ずっと気になっていた私は、数年前から幾度となく洞窟を訪れるようになった。しかし、入口と出口だった坑口はしっかりと塞がれ、施錠されているばかりではなく溶接されていた。他にも出入り口はあるが、やはりいずれも施錠されるなどしており、内部の様子をうかがい知ることはできなかった。
どうしても諦めきれなかった私は、洞窟の管理者を探すべく、市役所や自治会、地域の地区センターで話を聞いたが、いずれも管理しておらず、また誰が管理しているのか分からないという回答だった。
藁にもすがる思いで、以前、豪雨災害の行方不明者の手がかりを探す活動(過去記事参照)に参加し、お世話になった地元可児市の市議会議員、山根一男さんを頼ることにした。そして、同じく可児市議の林則夫さんに会わせていただいた。
林さんは、この地区のことを最も知り尽くしていると言われていて、なにより洞窟夏祭りの考案者だとの声もあった。実際、私は市役所からも自治会からも「林さんに聞いて下さい」と言われたのだ。
そこで林さんにお聞きしたが、やはり現在の管理者は分からないということだった。林さんと山根さんは、他の市議や地元の方、洞窟夏祭りを主催していた可児市商工会青年部などにも話を聞いてくれた。しかし、結局、管理者を見つけることはできず、現在は管理者がいないのではないかとの結論に至った。