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阪神が弱いのはすべて、わたしのせいだった…56歳のタイガースファンが悔い改めるまで

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/04/06

 阪神は、弱い。それも、だいぶ、弱い。齢56にしてやっと、そう認められるようになった。開幕戦で1982年の西武以来となる7点差をつけてからの逆転負けを食らったから、ではない。その年、西武はパ・リーグを制している。

 怒濤の開幕9連敗をやらかしたから、でもない。わずか2年前、開幕から4カードを終えた阪神は2勝10敗という泥沼にはまっていた。今日か明日どちらかひとつ勝てば、最終的には2位になったあの年と変わらないスタートを切ったことになる。

 だから、開幕からの歴史的大惨事は、「阪神は弱い」と認めるに至ったわたしの心中とはあまり関係がない。

5日のDeNA戦、2ランを放った佐藤輝明と迎える糸井嘉男

今も昔も、阪神は、だいぶ弱い

 昭和41年、長嶋茂雄さんちに待望の長男が生まれたのと同じ日に、わたしは生まれた。以後、四柱推命だの星占いだのの類を一切信じられない人生を送ることになったわたしが目撃した阪神の優勝は、たったの3回しかない。つまり、56分の3。わたしが生まれてからの56年間で、これより優勝回数の少ないセ・リーグのチームは、たった一つ、ベイスターズしかない。巨人はもちろんのこと、ヤクルトにも、中日にも、広島にも負けている。6チーム中5番目。だいぶ、弱い。ちなみに日本一になった回数では、ベイスターズにも負けている。およそ胸を張れる実績ではない。

 というか、逆に凄いとさえ思う。阪神には甲子園という素晴らしいホーム・スタジアムがある。80年代から90年代にかけての暗黒時代はともかく、いまの球団にはセ・リーグ屈指の資金力もある。そして何より、12球団一とも言われる熱狂的なファンがついている。

 器、カネ、ヒト。強いスポーツ・チームが成り立つ上で極めて重要な3つの要素を、いまの阪神は満点に近いレベルで持ち合わせている。それでいながらの、この体たらく。ドラフトで戦力の均衡化が図られたはずなのに、優勝確率が6分の1をはるかに下回る惨状。

 原因はどこにあるのか。

 よく言われるのは、針小棒大な報道を連発するマスコミの存在である。選手を食事などに誘いたがるタニマチの存在も問題視されてきた。そして、ファン。阪神に関する報道が過熱しがちなのは、ファンが求めるからでもあるし、そもそも、タニマチとは資金力のあるファンのことでもある。

阪神が弱いのはすべて、わたしのせいだった

 まず、わたしはマスコミの端くれである。この文春野球で先陣を切った井川慶さんが現役だったころ、彼の代理人がわたしのサッカー仲間だったこともあり、何回か食事をご一緒し、また、拙宅にお越しいただいたこともある。タニマチほどの資金力はないが、やっていること、やりたかったことは完全にタニマチのそれだった。

 そして、わたしは息子の名前に「虎」の字を入れることを強硬に主張し、夫婦間にヒビを入れてしまった阪神ファンでもある。阪神が弱い原因を3つに絞るとするならば、わたしは、そのすべてに当てはまってしまう人間だった。

 つまり、阪神が弱いのは、わたしのせいだった。

 思い当たることはいくつもある。昨年夏、大阪の朝日放送が一足もふた足も、いや、百足ぐらい早い優勝してしまうかもしらん特番を作ったことは、多くのファンから優勝を逃した一因であるとの批判を浴びた。ならば、同じく阪神が優勝してしまいそうな特集号を作ってしまった文藝春秋Numberも強く批判されるべきで、わたしは、あの号で矢野監督のインタビューを担当した。取材の最後には「また秋にお願いします」などと、もう優勝が決まったかのような言葉まで投げかけてしまった。

 井川さんと知り合えたことで調子に乗ったわたしは、その後、結構な数の猛虎戦士と食事や酒の席をご一緒させてもらうようになった。選手だけではない。デイリースポーツの名物記者、松下雄一郎さんや吉田風さんには一緒に写真を撮らせていただいたこともある。