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「病院に残してください」とお願いしたが…

 そんなさなか、さくらは主治医からの電話で花梨の無事を知る。その後、連絡を取り合って状況を確認した。だが、3度目の着信に出たさくらに対して、医師は切迫した口調で語った。

「転院に承諾してください」

 余震が続くなか、ほかの病院に移すのは危険なのではないか。そう考えたさくらは「病院に残してください」とお願いしたが、医師から信じられない言葉が返ってきた。

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「病院が倒壊する恐れがあります」

 午前3時ごろ、熊本市民病院は、外来診療だけでなく、入院治療も停止し、すべての患者の転院を決定する。

 本震から約6時間後の午前7時30分ごろ、さくらは市民病院2階のICUにようやくたどり着いた。

 病院に残る入院患者は、花梨ひとり。さくらは、本震後に娘の命を守ろうとする医療スタッフの姿を目の当たりにする。

 余震のたび、医師や看護師たちは花梨の小さな身体に覆い被さり、点滴や医療機器が倒れないよう身を挺した。子どもからの電話に対して「ごめん、パパはお仕事でまだ帰れないんだ」と話した医療スタッフも、懸命に花梨の治療にあたっていた。災害医療の現場のただなかで、彼女は切実に願った。

 先生も看護師さんもみんな私たちと同じ被災者で、みんな大切な家族がいる。ここにいたら花梨だけではなく、先生や看護師さんみんなが危険にさらされてしまう。みんなが安全な場所にできるだけ早く避難してほしい。

©iStock.com

 花梨の転院先は、福岡市の九州大学病院に決まっていた。けれども人工呼吸器を装着しているうえ、10本の輸液ポンプが必要だったために、病院に待機する救急車での搬送が難しかった。

 花梨をどう搬送するか。

 ドクターヘリや、自衛隊の大型救急車での搬送も検討されたが、実現にはいたらなかった。だが、病院の救急車が搭載する医療機器などを下ろすと、輸液ポンプを積むスペースをつくれるとわかった。それでも人工呼吸器は積み込めない。