「希望は捨てられなかった」
正午前、花梨を乗せた救急車が、病院を出発する。人工呼吸器の代わりに、主治医が手動ポンプで酸素を送りながら福岡を目指したのだ。
救急車は、花梨の身体に負担を掛けぬよう、二度の激震でダメージを受けた町を慎重に進んでいく。自家用車で救急車のあとを追いながら、さくらは九州で一番の設備が整う九州大学病院なら、劇的に快復するはずだ、と信じていた。
救急車は、ふだん1時間半ほどの道のりを約3時間かけ、九州大学病院に到着した。ホッとしたさくらだったが、検査を終えた医師につらい現実を告げられる。
「熊本に帰れる可能性はほとんどありません。あったとしても数%……」
彼女は、当時の複雑な気持ちを口にする。
「それまで、ダメかもしれないなんて、まったく思っていませんでした。でも先生の話を聞き、覚悟しました……いえ、まだ数%の可能性が残っている。一緒におうちに帰れるかもしれないという希望は捨てられなかった」
搬送中、腹膜透析を中断したせいで、花梨の全身はいままで見た経験がないほど、むくんでいた。九州大学病院で、ふたたび血液透析に切り替えた。
「身体のあちこちの動脈に何本も何本も点滴をさすんです……。それがかわいそうで……」とさくらは腕や首をさするような仕草をして、ぽつりとこぼした。
「あとは、日に日に……」
花梨が息を引き取ったのは、転院から5日後のことである。母は、病と災害とたたかった幼い娘に、いたわりの声をかけることしかできなかった。
よくがんばったね。偉かったね。早くおうちに帰ろうね……。
災害関連死——。貴士とさくらが、その言葉を知るのは、花梨の死から1カ月ほどした時期だった。親戚に花梨も災害関連死に該当するのではないかと教えられたのだ。