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車いす姿を見て「あんた、いつここに入ったんだ?」と訊ねる人も…“首から下の機能を失った”内科医の“入居者に寄り添った”回診スタイル

『あきらめない男 重度障害を負った医師・原田雷太郎』より #1

2022/04/26

source : ノンフィクション出版

genre : ニュース, 社会, 働き方, 読書, 医療

原田に対する入居者家族の反応は

「私の前で一度も笑ったことのなかった利用者が、ご飯を少し硬くしたら笑顔になったことがあるんです。こうしたことは、病院の診察室で外来をやっているだけではわからないこと。医者としてとても勉強になります」

 食事の要望へのこうした対応の背景には、原田自身が患者として経験したある出来事が大きく関与しているのだが、それについてはあとの章で触れる。

 他にもよく出る要望として「自宅に帰りたい」というものがある。こればかりは原田にはどうすることもできない問題だ。そもそも施設に入るということは、自宅での介護が困難であることを意味する。いくら当人が希望しても、受け入れ態勢が整わない以上、戻すことは難しい。

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 ただ、入所者の中でも特に「うつ傾向」の人などは、ここにいるより、たとえ短期間でも自宅に戻ることで症状が改善する可能性もある。そんな時原田は、一応家族に相談してみる。とはいえ、現実問題として、それが受け入れられることはあまりない。

 老いた父親を息子は引き取ってもよさそうな気配を見せても、息子の嫁が拒絶していることもある。そうなると父親としては、苦労して建てた家を嫁に乗っ取られて、自分は追い出されたような気分になるのだ。父親のこの感情は理解できる。ただ、こればかりは原田や介護スタッフが深入りすることもできない。だからといって、「気の毒ですが、あなたの帰るところはない」と伝えるわけにもいかない。

 そんな時、原田は「気候がよくなったら息子さんに相談してみましょう」などと答えてその場をやり過ごす。

「“嘘も方便”とは言いますが、つらいものです」

 原田に対する家族の対応も様々だ。電動車いすに座る原田の姿を見て、

「こんなやつに任せて大丈夫なのか」

 と、あからさまに不安そうな表情をしたり、横柄な態度に出たりする人もいる。

©iStock.com

 反対に、とても丁寧に接する家族もいる。

「先生のおかげで私は自分の仕事に集中できます。ありがとうございます」

 と、感謝の言葉を口にする家族もいる。

 家族の反応が様々なのは当然のことだ、と原田は言う。