内科医の原田雷太郎さんは46歳の時、自宅の階段から転落して大けがを負い、首から下の機能の大半を失った。職場復帰は不可能と思われたが、苦しいリハビリを耐え抜き、今では新潟県上越市の「サンクス米山」という介護老人健康施設で施設長を務めている。
ここでは、重度の障害を負っても医師として生きることを“あきらめなかった”原田さんの挑戦に迫った『あきらめない男 重度障害を負った医師・原田雷太郎』より一部を抜粋。「サンクス米山」の入所者一人ひとりと真摯に向き合う回診の場面を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
◆◆◆
午後1時半から回診が始まる。さすがに100人近くの入所者全員を一度に診ることはできないので、1日10人を目安に、原田がひとりひとりの部屋を訪ねて話を聞いて回る。他の業務もあるため、利用者が原田の回診を受けるのは、月に1回程度だ。
10人の回診に充てられている時間は約1時間。1人あたり6分の計算になる。
自分でカルテを打ち込むことができない原田は、入所者の話を聞いて部屋を出ると、次の部屋への移動の途中で秘書の横野(編注:原田さんの秘書)に口頭で記載事項を告げ、その場で横野がパソコンに打ち込んでいく。そのため、1人の利用者と話ができる時間は実質4分程度となる。
体調の変化や、日常で困っていることがないかを訊ねるのだが、その大半は世間話に費やされる。高齢者施設の入所者はどうしても会話に飢える傾向があり、まして月に一度の施設長回診ともなると、「先生に聞いてほしいこと」が、あとからあとから湧き出てくる。認知症の人も多く、話の辻褄が合わなかったり、同じ話を繰り返したり、ということになるのだが、原田は「毎回同じ話でもいいから、話すことが大事」と、全面的に受け入れる。
入所者は「お医者さん」との会話をとても楽しみにしている。スタッフから今日は自分の部屋に原田が来る──と知らされると、「まだ来ないのか……」と居室の外に様子を見に出る人もいる。皆が、自分のことを、自分の健康を、命を左右する立場にある医師に知ってほしいのだ。たとえ途中から話が逸れたとしても、それを“お医者さん”に聞いてほしい──。原田はその思いを受け止める。