2015年、当時の政権に不信感を募らせていた作家の瀬戸内寂聴さん。「こんな情けない日本の行く先は、もう絶望か」と落ち込んでいるときに、彼女を支えた光がありました。

 寂聴さんが学生団体「SEALDs」の若者たちに感動した理由とは  寂聴さんが編集長を務めた「寂庵だより」の随想をまとめた『遺す言葉 「寂庵だより」2017‐2008年より』(「日本の希望の星」)から一部抜粋。(全3回の3回目/#1#2を読む)

演説するSEALDs創設メンバーの奥田愛基氏 ©文藝春秋

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情けない日本の行く先は、もう絶望か

 政治とは広く民意を汲みとり、民衆の求める幸福を実現しようとするものであろう。政治家は常に心の目を民衆の意欲に向けていなければならない。しかし、現在の日本の政治家、つまり、国民に選ばれた安倍政権は、耳も聞こえず目も見えなくなった人の如く、全然、国民の顔色も心の叫びにも無頓着で、国民を無視しきった政治をつづける。

 このままでゆけば、憲法9条も無視され、日本はまた、戦争に巻きこまれることになりそうなので、国民は珍しいほど心を合せて、安倍政治に反対を称え、かつてないほどの大がかりなデモをくり広げて、戦争反対の声をあげている。

 それでも、耳も目もふさいだ政治家は全く動じた気配もなく、強行採決をしてしまった。

 前の戦争の生き残りは、年々、少なくなっている。現政府の政治家たちは、安倍首相をはじめ、すべて戦後の生れである。それでも敗戦後の貧しさ、ひもじさくらいは覚えていそうなものなのに、どうやら闇米をたっぷり食べて育ったらしい。安倍さんは、一見、背も高く、器量もまあいい方なので、外国の政治家と並んでも恥ずかしくないかと思っていたら、とんでもない。原発をどしどし再稼働させるし、沖縄の辺野古(名護市)の米軍新基地建設にたいする沖縄の人々の必死の反対にも耳を傾けない。

 安倍首相にとっては国民の切望や願望よりも、アメリカの御機嫌をとることの方が大切なのだ。十何万人が国会を囲んで反対の声をあげても、びくともしない。

 こんな情けない日本の行く先は、もう絶望かと思い沈んでいたら、思いがけない希望の光が見えてきた。