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「モンスターボックス22段を跳べたのは池谷さんが…」ケイン・コスギ(47)が語る『スポーツマンNo.1決定戦』の“舞台裏”

ケイン・コスギさんインタビュー #2

 1994年に『忍者戦隊カクレンジャー』のニンジャブラック役で注目を浴び、1997年に初出場した『芸能人スポーツマンNo.1決定戦』で一気に知名度を上げたアクション俳優・タレントのケイン・コスギさん(47)。最近は映画やドラマ、バラエティ番組だけでなく、ゲーム配信者としても人気を博すなど、多彩な活躍を見せている。

 そんなケインさんに、『スポーツマンNo.1決定戦』に対する想いや、池谷直樹さんをはじめとする“ライバル”たちとのエピソードを聞いた。(全3回の2回目/1回目から続く

ケイン・コスギさん ©石川啓次/文藝春秋

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『芸能人スポーツマンNo.1決定戦』で数百万円分の優勝賞金を獲得

――1997年に出場した『芸能人スポーツマンNo.1決定戦』では、初出場ながら見事総合No.1に輝きました。

ケイン・コスギさん(以下、ケイン) 初めての出場で優勝して、数百万円分の賞金をもらった時はびっくりしましたね。優勝賞金だけじゃなくて、種目ごとの賞金も20万円くらい出ていたので。

 当時は本当にお金がなかったから「これであと1年間は日本で生活できる」と安心できましたし、「来年も頑張るしかない」と思いました。

――トレーニングも『スポーツマンNo.1決定戦』のために行うようになった。

ケイン 『スポーツマンNo.1決定戦』が1年に1回くらいしかやっていなかったので、そこに照準を合わせて毎日必死にトレーニングするようになりましたね。もちろん、トレーニングを頑張った1番の理由は「負けたくない」という想いがあったからですけど。

 

――いきなり優勝したことで、その後の大会ではプレッシャーを感じませんでしたか?

ケイン 2回目の出場からは、1週間前くらいから寝られなくなりました。やっぱり1年間そこに向けて頑張っているし、生活もかかっている。何より負けたくないから、すごく緊張してしまって。でも寝ないと体によくないし、パフォーマンスにも影響が出るから、何とか緊張をほぐすようにしてましたね。