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『人間仮免中』は魂を削って描いた作品

 実はこの『人間仮免中』は出版社から依頼されたわけではなく、「ただ描きたい」という思いだけで発表の当てもなく完成させた作品だったという。

「執筆当時、私は北海道の障がい者福祉施設に入っていて、東京にいるボビーとは離れて暮らしていました。会えるのは年2回だけ。ボビーへの思いを、ただ黙々と描いたんです。すると完成した作品を見た友人の脚本家が、出版社を回って営業してくれたんです。20社以上に断られながら、ようやく形になりました」

 同作は12万5000部のベストセラーになり、数々の賞も受賞した。「『初版だけでも売れてくれたら』と思っていたので、反響の大きさにびっくりしました」と卯月さんは笑う。ただし、執筆後は抱えている統合失調症の症状が悪化し、しばらく寝たきりになった。まさに、魂を削って描いた作品だった。

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若かりし日の卯月さん 本人提供

 病を抱える卯月さんにとって、作品を描くことは充足感を感じる一方で、大きな負担を伴う。昨年発表された最新作『鬱くしき人々のうた 実録・閉鎖病棟』も、完成までに壮絶な苦しみや葛藤があったという。

卯月さんを救った友人からのメール

 同作は、卯月さんが統合失調症の症状が激しくなり、閉鎖病棟に入院したときの出来事を描いたものだ。描こうとするとフラッシュバックが起き、落ち着いてから再び筆を取ると、また症状が表れた。「ほかの患者たちのことをどう描けばいいのか」という悩みも卯月さんを苦しめた。

©iStock.com

「患者さんたちの人権を保護しながら、閉鎖病棟のなかの人間模様をどこまで描くか。どこから描かないか、どのように描写するか。自分のことならめちゃくちゃに描けるのですが、精神疾患を持つほかの人たちを、奇人・変人の集まりのように思われたら嫌だからです。私自身、差別を受けたことが多々ありますし、精神疾患を持つ友人たちもやはりそうで、偏見はまだまだ根強いです」

 葛藤する卯月さんを救ってくれたのは、前述の脚本家の友人からのメールだった。

《この世で起きたことは全部、面白くて楽しい。どんな苦しみも、生きているからこそ。お前が覚えてなきゃ、なかったものになってしまう。そういうものを描き残しているんだから、良い冥土の土産だ。何を苦しむことがある? 楽しいだろ?》