8年前の成功体験が災いして、プーチンは、ウクライナのナショナリズムを甘く見過ぎたのかもしれません。ロシア系住民が多いハリコフですら徹底抗戦の構えを見せています。ロシア系であるとか、ロシア語を話すからといって、彼らがロシア連邦に併合されたがっていると考えるのは、大きな間違いだったのです。
ロシア将軍6人の死
戦線の膠着により、ロシア軍にも異常事態が起こっています。ウクライナ軍の情報では、これまで6人の将軍が戦死している。今回の作戦に参加しているロシア陸軍の将軍は20人程度とされていますので、6人とはかなりの割合です。
最初に命を落とした第41連合軍副司令官のアンドレイ・スコベツキーは、自ら前線に出てきたところを狙われたようでした。侵攻開始直後、ウクライナ軍の抵抗で、キエフの北西側に60キロ以上に及ぶロシア軍の車列が出来たことがありました。現場が膠着した場合には、大きな権限を持つ指揮官が出て仕切る必要が出てくる。スコベツキーは最前線まで出向いた際、スナイパーに射殺されたと考えられています。
他の将軍の死については、はっきりしないことが多いですが、ウクライナが携帯電話やトランシーバーの発信を分析して、司令部や将軍たちの居場所を割り出しているのではないかとも言われています。
いずれにしても、ロシア側も相当混乱し、攻めあぐねているのはたしかでしょう。
このような膠着状態の中、ロシアが「エスカレーション抑止」と呼ばれる核戦略を取るのではないかとにわかに注目を集めています。エスカレーション抑止は一般的に、次の2つの考え方があります。
(1) 進行中の紛争においてロシアが劣勢に陥った場合、敵に対して限定された規模の核攻撃をおこなって、自身に有利な形で戦闘の停止を強要する
(2) 進行中の紛争ないし勃発が予期される紛争に、米国などの第三国が関与してくることを阻止するために同様の攻撃をおこなう
実際のウクライナでの戦況を見ると、ハリコフやマリウポリでは民間人への無差別攻撃がおこなわれ、子供も含めた多くの命が失われている。国民の死に対しては麻痺状態であり、生半可な脅しをかけるくらいでは、事態は打開できないわけです。ロシアが仕掛ける核攻撃は、ウクライナ軍や政府の士気を一気に挫くような、特別な一発でなければなりません。
ここからは、考えうる限りで一番陰惨なシナリオです。
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小泉悠氏による「徹底分析『プーチンの軍事戦略』」の全文は「文藝春秋」2022年5月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
徹底分析 プーチンの軍事戦略