「日本人は明らかに働き過ぎだ」。東京大学大学院准教授の斎藤幸平氏と、ジャーナリスト・歴史家のルトガー・ブレグマン氏による「『性善説』が世界を救う」を一部公開します。(「文藝春秋」2022年5月号より)
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注目を集める同世代の思想家2人
経済思想家の斎藤幸平氏(35)と言えば、『人新世の「資本論」』(集英社新書)が売上50万部に迫る異例のヒットとなっている若き俊英。今回、その斎藤氏と、オランダ出身の歴史家・ジャーナリスト、ルトガー・ブレグマン氏(33)との対談が実現した。ブレグマン氏の近著『Humankind 希望の歴史』(日本語訳小社刊)も、本国で発売されるや25万部のベストセラーに。世界46か国で翻訳が決まった。注目を集める同世代の思想家2人は、激変する世界をどう見ているのか。
斎藤 今のままの経済や文化システムでは立ち行かない、という声が世界中で高まっています。少し前ですが、ダボス会議では政財界のトップたちが資本主義の「グレート・リセット」を求め、日本でも岸田総理が「新しい資本主義」を提唱するなど、世界中の人々が変化を求めるようになっている。気候危機、貧富の格差、新型コロナウイルスの感染拡大などの問題を乗り越えるために、私も拙著『人新世の「資本論」』で資本主義からの大転換の必要があると訴えました。そんなラディカルな内容の本が、以前では考えられなかったほど多くの人々に読まれるようになっています。
その一方で現実の危機を傍観し、変化を起こすことを諦める風潮は根強い。日本で現実主義を気取る人たちは、実は冷笑主義に陥っているのです。そうした人々は「人間は利己的な生き物だ」といって、他者とともに生きる社会など馬鹿げた構想だと嘲笑する。性悪説の支持に傾く雰囲気は、ウクライナ戦争によっても強まっています。
しかし、ブレグマンさんは「ほとんどの人間の本質は善である」と主張しています。『Humankind』では、性悪説が定着していった歴史的背景を探り、性悪説の証拠とされる事例を丹念に調べ、そのウソを暴きだした。そうした歴史の再構築は驚きの連続でした。
ブレグマン ありがとうございます。
斎藤 ブレグマンさんはどうして、こんな大胆な本を書こうと思ったのですか。
ブレグマン 前著『隷属なき道』で「性善説を信じているのか」といった批判を多く受けたのがきっかけです。その本では、全国民に一定額の現金給付を行うユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)が貧困の根絶に繋がる実証実験を紹介したのですが、「人間は根本的に怠惰で利己的なもの。この実験は現実の社会では機能しない」と反論されました。これを聞いて、人間の本質を悪だととらえる「誤認」が、人々を抑圧する社会の制度や規制を生み出していると痛感したのです。