1ページ目から読む
3/4ページ目

ブレグマン それは良い質問ですね。私の答えは「ほとんどの人は善良だが、権力は腐敗する」。近代における国家や会社は、大統領やCEOを頂点とするピラミッド型の組織です。しかし、遊牧民や狩猟民族を研究すると分かるように、古来の政治組織はこの逆で、一番上に民衆がいて、一番下の指導者をコントロールしていた。リーダーたるもの、権力に胡坐をかいて傲慢であってはいけないという「恥」の文化もあり、謙虚さが求められた。

 幸福度ランキングで上位にあがる北欧諸国では、近年でも、こうした「逆支配」に似た文化が見られます。デンマーク出身の作家アクセル・サンデモーセが書いた小説に登場する「ヤンテの掟」が好例で、「自分を特別と思うな」「他の人より優れていると思うな」と説いています。要するに、権力は必ず腐敗する危険なものだから、権力のコントロール方法を常に考える必要があるということです。この点で自由放任を是とする新自由主義者たちは間違っていて、やはり不平等を是正するシステムや手続きが欠かせません。例えば、所得や資産が多いほど高い税率を設ける累進課税の仕組みや、「恥」の文化が必要です。

ルトガー・ブレグマン著、野中香方子訳『Humankind 希望の歴史(上)』(文藝春秋、2021年)

斎藤 私が注目したいのは、晩期のマルクスが大事にした「コモン」の概念です。「コモン」とは生きていくのに欠かせないもの、水や電気といったエネルギー、教育や医療などの社会インフラを人々のあいだで管理する共有財のことですが、これを上からの指図ではなくボトムアップで管理する。これによって資本主義の弊害を抜け出そうとする発想です。たとえば水道を民営化して、特権層の儲けの道具にするのではなく、逆に市民が参加しながら管理し、極力、安い価格で水を提供する方向の社会変革です。こうした「コモン」の考え方は、『人新世の「資本論」』で大きな賛同を得ました。

ADVERTISEMENT

 ただ、「エゴの塊の人間が、共同管理などできるはずがない」という批判も受けたのですが、その点については、ブレグマンさんの「人間は善良で利他的である」という説を読み、「コモン」の可能性を再確認したのです。

「クソどうでもいい仕事」は不要

ブレグマン そうした批判に対しては、具体例を提示するのが一番でしょう。私は『Humankind』のなかで、オランダにある「ビュートゾルフ」という非営利の組織を紹介しています。