女性としてはじめて、2度のバックギャモン世界王者に輝いた矢澤亜希子さん。世界で3億人の競技人口を誇るボードゲームにおいて、女性のプロ選手も彼女が初。それも、1度目の世界王者戦はステージ3の子宮体がんの治療中で、抗がん剤を打ちながらサイコロを振って勝利を手にした「不屈の人」である。

 それまでゲームに触れたこともなかった彼女が、世界的ボードゲームのトップに君臨できたのはなぜか。著書『がんとバックギャモン』(マイナビ新書)を道しるべに、話を聞いた。

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矢澤亜希子さん(以降、矢澤)  (バックギャモンのボードを手早く広げながら)バックギャモンというゲームに馴染みがない人もいるかもしれません。

 大枠は“すごろく”と同じで、サイコロを振って駒を進めていくゲームです。ただ、15個のコマを使うバックギャモンの場合、相手の進路を邪魔したりコマを戻したりすることが出来るので、どんな目が出たとしても自分自身の選択でゲームチェンジできる可能性がある。運と技術が強烈に絡みあったゲームですね。

バックギャモンのボード。大枠は“すごろく”と同じルール ©文藝春秋 撮影/山元茂樹

 たとえば、競技で使うこのサイコロは「プレシジョンダイス」といって、全部の“目”の部分が本体と同じ質量で埋めてあるんですよ。

――あ、本当ですね。特別なサイコロなんですか。

矢澤 普通のサイコロだと彫っている穴が多くて軽い“6”の目が出やすいんですが、プレシジョンダイスはどの目も均等に出るよう、偏りをなくしているんです。サイコロの確率論をいかすために偏りをなくした特別なサイコロ、ということですね。

©文藝春秋 撮影/山元茂樹

エジプトの海辺で初めて見たゲーム「あれはなんだろう」

――目の出やすさという数%の違いが、競技では勝負に関わってくるんですね。日本には馴染みのない人も少なくないと思いますが、矢澤さんはバックギャモンに出会った時にピンときた感じですか。

矢澤 いえ、むしろまったく興味はなかったんです。

 はじめてバックギャモンを見たのは大学生の時に行ったエジプトの海辺でした。波待ち中にゲームをしている人たちの姿を見て、「あれはなんだろう」という感じで。

――興味が薄かったところから、なぜプレイヤーになったのでしょうか。

矢澤 小さい頃から、自分は興味の幅が狭いタイプだと自覚していました。アイスのチョコ味がおいしいとわかれば、チョコアイスしか食べない。他の味を試して失敗するのが嫌でした。