山道にポツンと蛍光色の登山着が
「えっ!? ちょっと先輩! 大丈夫っすか!!」
慌てたYさんは、依然フラフラと歩く黒い服装の女の脇を走り抜け、先輩が落ちていった崖の際まで駆け寄った。
蛍光色の登山着が、茶色く広がる山道の中にポツンと倒れている。
動いていない。
血の気がスゥーッと引いていくのを感じたYさんは、「先輩! 大丈夫っすか! 先輩!!」と叫び、ゆっくりと手をつきながら、崖の斜面を降りていった。
近づくにつれて、嫌な予感と動悸が強くなってゆく。
あの角度はダメだよ……足も、あれ、首も折れてんじゃねぇか……?
そばまで駆け寄ったが、Yさんは確かめるのが怖くなり、すぐにはU先輩の体に触れられなかったそうだ。
「先輩! 先輩! ……あー、どうしよう……先輩!」
恐る恐る体を揺さぶるも、反応はない。
湿った腐葉土に突っ伏したU先輩の表情が見えなかったのは、Yさんにとっては幸いだったかもしれない。
「先輩! あー、あー、あ、携帯」
Yさんは震える手で携帯を開いたが、電波は圏外だった。
ダメか……ダメだよな……じゃあ、一回麓まで降りて誰か呼ぶしか————。
「どこが折れて死んでる?」
崖の上から声がした。
「どこが折れて死んでる?」
「どこが折れて死んでる?」
U先輩の傍でへたりこんだまま見上げると、あの黒い女は崖の上からこちらを見下ろしている。
「どこが折れて死んでる?」
なんだ、何、言ってんだあいつ、正気か?
この状況で冗談言ってんのか? もとはと言えばこいつのせいで先輩は……。
そう思ったとき、Yさんはあることに気がついた。怒りは消え、恐怖がスッと広がり身も心も冷える。
見上げた女の顔がまったく見えなかったのだ。
正確に言うと、真っ黒く塗りつぶしたようで、顔の造形から何までまるで判別がつかないのだ。
山の中とはいえ、辺りはまだそこまで暗くない。
「どこが折れて死んでる?」
黒い女がゆっくり身を屈めるようにして、覗き込む。
「どこが折れて死んでる?」
Yさんは横たわるU先輩を置いたままその場から逃げ出し、崖下の獣道を下ってなんとか人家を発見し、警察に通報したそうだ。
(文=TND幽介〈A4studio〉)