薄暗い木漏れ日の中ゆっくりと歩く“黒い女”
「……なんだあいつ」
U先輩の若干イラついたような声に気がついたYさんが顔を足元から前に向ける。
視線の先には、髪の長い女性と思しき黒い服装の人物が、薄暗い木漏れ日の中をゆっくりと歩いていた。
あー、先輩がイラついちゃうタイプだ……。先輩は、何事にも本気になるタイプなので、こういう軽装で登山にくるような人に目くじらを立てがちなんだよな。
面倒なことにならないように、Yさんは小さくU先輩に“まあまあ”といったニュアンスをジェスチャー混じりに伝えたそうだ。
Yさんの意図に気がついたU先輩は「ああ、わかってるよ」と小声で返す。
ジャリ、ジャリ……パキ、パキ……。
何もない山道。
歩く先にいるその黒い女には、どうしても意識が行ってしまう。
薄暗い木漏れ日の中ではっきりとはわからなかったが、どうやら女の服装は黒いワンピースで、足元もパンプスを履いているようだ。どう考えても登山に来る格好ではない。
自殺志願者か……この女?
しかしそのとき、フッとYさんは背筋が寒くなる感覚を覚えた。
「なんだあいつ……」
その声で、隣のU先輩も同じ考えに至ったか、と横を見たが、どうやらそうではないようだ。
U先輩の目は完全に“ニワカが登山なめやがって”という思考に支配されているようで、元ヤンのスイッチが入ってしまっている様子。
変わらず女はうつむき気味に、フラフラと山道を歩いている。
気がつけば鳥の声は収まり、遠くから川の音がかすかに聞こえるだけになっていた。
“黒い女”に声をかけたU先輩が…!
「やっぱあぶねぇし、俺ちょっと声かけるわ」
「え、いや、まずいっすよ……!」
「別にキレたりはしねぇから大丈夫だって。そこいて」
あちゃー……面倒なことになった……。
ジャリジャリ…パキパキパキ。
U先輩はその黒い服装の女に向かっていった。
「ちょっと、お姉さん! そこの!」
ジャリジャリジャリ…パキパキパキ!
足早に女に近づいていくU先輩。
「あなたに言ってるんですけど、ちょっといいっすか! ねえ!」
……なぜか、U先輩はそのまま黒い女の横を通り過ぎていく。
「なあ、無視してないでさ! まじで危ないよあんたほんとに!」
黒い女を通り過ぎたU先輩は手を伸ばしながら、誰もいない山道に声をかけるように歩いている。
「え、先輩? え、え?」
ジャッジャッジャッジャッ! パキパキパキパキ!
「チッ…なあ、あんた聞いて————」
バキバキガサガサガサガサバキバキ!!!!
U先輩はそのまま歩いて山道の崖から落下し、見えなくなってしまった。