2022年3月3日、91歳でこの世を去った作家・西村京太郎。「十津川警部」シリーズで親しまれ、鉄道ミステリーの第一人者としてヒット作品を次々と書き上げた同氏の軌跡は、『西村京太郎の推理世界』(文春ムック)にまとめられている。
ここでは同書に収まりきらなかった記事を特別に公開。西村京太郎が「オール讀物」2011年5月号に寄稿した新幹線の“忘れられない思い出”とは――。(「西村京太郎と山村美紗の対談編」から続く)
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西村京太郎が初めて新幹線に乗った日
昭和39年10月1日、日本初の新幹線は、東京と大阪間で開通した。私が京都へ向かうために、新幹線を初めて利用したのは、その翌年、昭和40年のことだ。オール讀物推理小説新人賞、江戸川乱歩賞を受賞し、作家の道を歩みはじめた私に、京都の女性とのお見合いの話が持ち込まれた。この機会に、時速200キロを超える高速鉄道を体験しようと思ったのである。
当時、まだ新幹線は「贅沢な」乗り物だと言われていた。単なる移動であれば、東海道線でも充分だという人もいて、実際、車中に乗客は少なかった。しかし、ほとんど揺れを感じないし、座席もゆったりとしている。この快適さを体験してしまうと、普通の鉄道にはもう戻れない(以来、京都や大阪はもちろん、全国の移動で新幹線を使い続けている)。
唯一、混んでいたのが、ビュッフェ車両。私も列に並び、ライスカレーを注文した。流れていく車窓の景色を眺めながら、食べるカレーの味は特別だったように思う。その後、ビュッフェはなくなってしまったのは惜しいことだ。