京都駅では、見合い話を世話してくれた、先輩女流作家の方が、ホームの真ん中で出迎えてくれていた。当然、私がグリーン車に乗ってくるのだと思っていたらしい。
それに気づき、乗ってきた先頭車両から車内を走り、グリーン車から降りたように見せかけたのだが、嘘はすぐに見抜かれた。あの日、見合いが不首尾に終わったのは、そのせいだったのかもしれない。
西村京太郎の“新幹線ミステリー”失敗談
やがて、私は鉄道ミステリーを書くようになった。新幹線を題材にした作品も手がけ、取材のため、東海道はもちろん、秋田、山形、上越、長野、九州まで、ありとあらゆる路線に、年間、幾度となく乗っている。
新幹線に乗ると、席に落ち着く間もなく、犯人の脱出、身代金の受け渡し、死体の隠し場所などに使われる可能性のある箇所を、まずはくまなく調べる。窓や扉の大きさ、荷物棚の高さ、通路の幅、トイレや電話の位置も細かくチェックすることにしている。
というのも、過去に失敗談があるからだ。30年ほど前、東北新幹線開通のタイミングに合わせた、長編小説の書き下ろしを、ある出版社に依頼された。面白そうだと、引き受けたものの、執筆時期にはまだ東北新幹線は走っていない。想像で書くしかなく、犯人を非常口から脱出させた。
だが、実際の東北新幹線の客車には非常口が設置されていなかったのだ。指摘を受けて慌てて書き直し、出版されたのが、『東北新幹線殺人事件』である。ちなみに、この本は、天知茂さんの十津川警部役でテレビ化され、高視聴率も記録した。
現在の新幹線には、客車に非常口がないという。けれど、初めて乗った時は、確かに、車両の中ほどに備えつけられていたはずだ―この記憶が間違いでないことが、この春、取材で訪れた名古屋の「リニア・鉄道館」に置かれた、0系新幹線でわかった。JRに尋ねたところ、開業以来非常口が使われたことがなく、必要性がないと判断されたらしい。ほぼ半世紀、事故を起こさない新幹線のすごさには、本当に感心させられる。