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息子の反抗期、各所への土下座、非常識な取材…石田家の父(68)が語る、大家族のリアル「子どもたちには理不尽な思いをさせたな…」

「石田さんチ」石田晃さんインタビューより#2

 茨城県在住の11人大家族・石田さんチに密着した『7男2女11人の大家族石田さんチ!』(日本テレビ系)は、今年放送から25年を迎えた。 

 外資系化粧品会社の凄腕営業マンだった父・晃さん(68)は定年退職し、現在は美容業界の未来のために奔走中。そんな石田さんチの名物キャラクターである晃さんに、現在の石田さんチの様子や妻・千惠子さんとの関係、9人の出産など大家族のリアルを聞いた。(全2回の2回目/前編を読む

ディレクターの今井さんと晃さん

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女房は割と心配性、俺はほっとくタイプ

――当時は余裕がなく、理不尽に子どもを叱ることもあったと。

 そう。自分が気に入らないと怒鳴ってたからね。俺のものを子どもが触ると「壊れるだろ!」って。でも、ものなんて触ろうが触らまいが壊れるし、それが遅いか早いかってだけなんだよ。子どもたちには本当に理不尽な思いをさせたなって思います。それでもなんとか家庭が回っていたのは、やっぱり女房がカバーしてくれていたんだと思います。

――千惠子さんの協力があったからこそなんですね。

 息子が高校生の頃、不良グループとつるみ出したことがあって、女房に「なんか悪いことしているみたいだから見に行って」って言われたんです。車で街中を探したら、牛丼屋に息子がいて。様子を見に行くと、どうやら割り箸をこそこそ懐に入れようとしていて。それを見た瞬間なりふり構わず店の中で「てめえ、なにやってんだよ!」って怒鳴りました。

 そしたら、「寒いからこれを燃やして暖を取ろうと思って……」って(笑)。たしかに昨日雨降ってたし、寒いよなって思ったけど、「泥棒だぞ。そんなの外にいっぱい枝が落ちてるだろうが」ってやめさせましたよ。息子のことでいろいろ土下座したことがあったけど、苦じゃなかった。営業ではいつも謝っていたからね。

 

 女房は、割と心配性で、ほっとけないタイプなんだけど、俺はほっとくタイプなんだよな。それがよかったんだろうな。バランスが取れていて。