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「正統派アナウンサーではない負い目みたいなものがずっとありました」内田恭子(45)が向き合い続けた“コンプレックス”

内田恭子さんインタビュー#2

2022/05/07

 2016年まで15年間にわたって放送されたフジテレビのスポーツ番組『すぽると!』。あらゆるジャンルのスポーツを生放送で毎日取り上げるスタイルは多くのスポーツファンに受け入れられ、2000年代のフジテレビを代表する人気番組の1つになった。

 放送開始から20年がすぎた今回、初代キャスターでフリーアナウンサーの内田恭子さんに、フジテレビ時代の思い出やアナウンサーとしての葛藤を聞いた。

 

◆◆◆

――今でもテレビをつけると自然と「8」をつけますか?

内田恭子さん(以降、内田) 最近しゃべりのスピードが早いとついていけなくて、特に朝のテンションは「1」が落ち着くというか。オーバー40だからでしょうか(笑)。

――内田さんがフジテレビを辞めたのは2006年、30歳のときでした。退職直前まで『すぽると!』も担当されて。

内田 『すぽると!』の降板イコール、退職でした。私自身はずっと突っ走り続けて楽しんでやっていたつもりだったのですが、会社を辞めた途端、全身に原因不明の湿疹が出て。ずっと緊張していて、無理をしていた部分もあったのかな、と思いました。

 同時に、一人の人間としてあまりに空っぽな自分に気がついて、「これは今ちゃんと立て直さないとろくな人間にならないぞ」と危機感を感じていました。

――「ろくな人間」じゃないと感じる瞬間があったのでしょうか。

内田 銀行の窓口で一人で保険の手続きができず、保険会社の人に付き添ってもらうことがありました。社会人になってから銀行が開いている時間に行く余裕がなく、人並みの「生活」がおろそかになっていたことを実感しました。

「このままで30代を過ごしてはマズい」という焦りも退社の理由のひとつです。

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