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赤井 私の中では勝手に豪快なイメージを抱いていたんですけど、会ってみたら包容力があるように感じました。私が欲しがっている温かい言葉をかけてくれる人だなと。

どうしても“赤井英和の娘”というイメージで見られる

――その後、お父さまとは頻繁に会うようになったのでしょうか。

赤井 何回か私の仕事現場に来たことはあったんですけど、それくらいですね。でも、そもそも母と父はだいぶ前に離婚していて、父には父の家族もいるので。私は母に育てられてきて、父を頼って生きてきたわけじゃない。父と会わないことで「あったものがなくなる」わけじゃないから、いままで通り過ごしていましたね。

 それにいま思えば、父は芸能人としての顔も持っていて、いろいろな人が関わっている立場なので、私に会いづらい状況もわからなくはないんですよね。

 

――赤井さん自身も芸能界で活躍するようになっていったからこそ、お父さまの気持ちを汲めたんですね。

赤井 私もどんどんバラエティ番組とかに出るようになっていきましたね。2008年頃からは、『クイズ!ヘキサゴンII』にも出させていただくようになって。私は勉強ができなかったんですけど、当時はちょうど“おバカブーム”だったので、プロデューサーさんから「沙希は勉強しなくていい」と言われて、「勉強しなくていいんだ、ラッキー」みたいな(笑)。

 でも、昔から母に「家族が恥をかくようなことはしないように」と言われていたし、どうしても“赤井英和の娘”というイメージがついてきちゃうから、周りからの見え方ばかりを気にしていました。(島田)紳助さんとかによくいじっていただいたりしていたんですけど、父の話を振られても全然記憶がないし、わからないから、うまく返せなくて。当時は「私はうまく番組にハマっているのかな」と不安な気持ちでした。

 

写真=石川啓次/文藝春秋

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