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「何だかだまされているような気がする…」補給の途絶えた島に取り残された極限状態の兵士は“終戦”の瞬間に何を思ったか

『松本連隊の最後』より #2

2022/05/09

genre : ライフ, 歴史, 社会

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戦争終って虫取りの兵隊に解放感

 林田連隊長の話をきいているときも、天皇の終戦のご詔勅をきいたときも将校たちの大部分はその時はそれほど実感としてピンとこなかった。「ポツダム宣言受諾」という言葉のアイマイさがこの場合かえって幸いしたともいえる。まさか無条件降伏とはだれも思わなかったからである。

 また気づいていた者もそれはあたかも肉親の死に突然あった時のように、その時にはむしろ実感はなく、しばらくたって気も落ちついたとき、はじめて新たな悲しみとなるようなおそらくそんな感じだったようである。

 したがって将校たちはじゅんじゅんと、とききかせるような連隊長の話と、〈終戦の大詔〉を人ごとのようにきいていた。そして最後に長沢少佐が、

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「――では、これで解散する。ただ今連隊長の言われたように、この上は妄動をつつしみ、最後まで秩序ある軍隊として松本連隊の名誉を傷つけないよう、部下全員を家族のもとに送りとどけねばならない。諸君らの責任は重い。ではくれぐれも自重を望む! 連隊長殿に敬礼!――解散!」

 静かないつもの解散であった。だれ一人興奮してわめく者もなくそして厳然たる部隊行動だった。みんな何ごともなく解散していった。しかし、将校たちの心の内部はそれほど平静だったはずはない。ただ彼らはこういう場合どうしていいのかまったくわからなかった。むりもないだれもこんなことを体験したものは日本には一人もなかったから、何を言っていいのか言葉も知らなかったといったほうがむしろ正しいだろう。彼らがぽつぽつものを言い出したのは連隊本部を出て帰途についてからである。

©iStock.com

「どうも、何だかだまされているような気がする」と、だれもが心の奥でつぶやいていた。勅語のいう「これを加うるに敵はあらたに残虐なる爆弾をもって無辜の臣民を殺傷――このままなおも交戦を継続せむか、ついにはわが民族の滅亡を招来するのみならず、ひいては人類の文明をも根こそぎ破壊すべし。かくのごときは朕は何をもって億兆の赤子を保し、皇祖皇宗の神霊に謝せむや、これ朕が連合軍の申し入れを受諾せしゆえんなり」という意味の天皇の言葉はわかるような気もするが、今さらそんなことを……という気持ちが強かった。

「それは得手勝手だ、死んだ部下はどうなるのだ」だれもがそう思った。しかし「時運のおもむくところたえがたきをたえ、忍びがたきを忍んで万世のために太平を開かむと欲す」というくだりをいく度もわが心に言いきかせるように繰り返していた。それはまた「これをいかにして部下将兵に伝えるか?」という指揮官としての当然の苦悩でもあった。

 とにかく連隊本部からの帰りの道は足が重かった。何も知らない兵隊たちはきょうも芋畑の虫取りをしていた(編集部注:食糧がなかったため夜盗虫を食していた)。

 そういえば、きのうまでの爆撃はぴったりと止んでいた。戦争は終わったのだ、おれたちはもう壕を出ていられるのだ。虫取りをしているこの兵隊たちも死ななくていいのだ! そういう生への喜び、解放感は虫取りの中にさえありありと感じとることができた。

【前編を読む】「タイヒ! タイヒ!」甲板上は鮮血が流れ、絶叫と悲鳴でごったがえして…第二次大戦下の太平洋で日本軍が体験した地獄絵図

松本連隊の最後 (角川新書)

山本 茂実

KADOKAWA

2022年5月9日 発売

「何だかだまされているような気がする…」補給の途絶えた島に取り残された極限状態の兵士は“終戦”の瞬間に何を思ったか

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