韓国の首都・ソウルには、貧困層が住む最底辺の住宅「チョッパン」というものが存在する。そこには、韓国映画『パラサイト 半地下の家族』でも描かれた韓国社会の格差や貧困の実態が如実に現れているのだ。
ここでは、韓国最底辺住宅街の人々に迫った韓国日報の記者、イ・ヘミ氏の著書『搾取都市、ソウル ――韓国最底辺住宅街の人びと』(伊東順子 訳、筑摩書房)から一部を抜粋。翻訳を担当した伊東順子氏が解説する韓国の住居貧困と日本社会との比較を紹介する。(全3回の3回目/2回目から続く)
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映画『パラサイト』よりも、胸に迫るもの
「こんな本が韓国で出たそうですね。ちょっと読んでもらえませんか?」
筑摩書房の編集者から本書(『搾取都市、ソウル』)の韓国語版を渡された時には及び腰だった。
「『観光都市、ソウル』ではなく『搾取都市、ソウル』ですか……」
うーん、日本人は他国の貧困を鑑賞している場合だろうか。ところが実際に読んでみたら、「この本はとてもいい」「ぜひ翻訳してみたい」と前のめりになった。私はこの人たちに会ったことがあると思ったからだ。
国一考試院(クギルコシウォン)の火災では在韓日本人も1人亡くなっていたし、チョッパン街にも何度か行ったことがある。既視感が交差する風景の中で、特に強烈なフラッシュバックをもたらしたのは、著者であるイ・ヘミさんの話だった。本書には新聞連載時にはなかった著者自身の個人的体験が書かれている。
2010年夏のこと、暦の上では秋だったが、猛暑のような日だった。冷麵が食べたかったが、間が悪いことに家賃を払ったばかりで、通帳には300ウォンしかなかった。(中略) 麻浦(マポ)区城山洞(ソンサンドン)で家庭教師の仕事を終えたあと、バス停に座って何か名案はないかと考えていた。ワンルームのある西大門(ソデムン)区延禧洞(ヨニドン)の北までは、決意して歩けば1時間で行ける。しかし全身が溶けてしまいそうなほど暑く、体力的にも歩ける気がしなかった。30分ぐらいじっと座っていたが、仕事中の実家の母親にSOSのメッセージを送った。
麻浦区城山洞と西大門区延禧洞という2つの地名。延禧洞で20年余り暮らした私は、彼女が乗ろうとしていたバスも、城山洞のバス停も知っているはずだ。あの夏の日に、あそこに1人の女子大生が座っていたような、そんな幻視に囚われた。自分がバスに乗った時、子どもをバスに乗せた時、そこに彼女がいたのではないかと。
その後、イ・ヘミさんは母親から送金された1万ウォンの約半分を使って冷麵を食べる。
それを食べでもしないと、自分が惨めで街の真ん中で泣いてしまいそうだった。
「幼い頃から貧困と戦ってきた」著者が、何よりも問題にしたのは「貧しさが恥ずかしさになる社会」だった。「もしかしたら貧乏の臭いが滲しみ出てしまうのではないかと、全身を包み隠して暮らしていた」彼女は、この貧者の物語を書くことで自身を束縛していた貧しさから解放されていったという。