この作品は「当事者側からの物語」であり、その「まなざし」の方向は映画『パラサイト』とは逆ともいえる。貧困が見物されるのではなく、むしろ社会の側が晒さらされていく。著者が取材で迷い込んだ「チョッパン」という貧困の迷宮、そのカラクリを解き明かしていく第1部はスリリングだ。
著者はこのカラクリを「チョッパンの生態系」と呼ぶ。貧しさは決して自分の「いたらなさ」のせいではなく、構造的な問題であることも発見する。これは後に述べるように、同じく自己責任論が強い日本社会にも共通する問題だと思う。そのうえで韓国独特の不動産システムについて、若干の解説を加えていきたいと思う。
チョッパンとは?
まずは「チョッパン」である。日本語への翻訳にあたって、最初に悩んだのは本書のキーワードともいえるこの単語である。過去には「ドヤ」や「ドヤ街」という日本語を当てられた論文もあったが、それは少し違うような気がする。
ドヤとは東京の山谷や大阪の釡ヶ崎(あいりん地区)など、日雇い労働者の「寄せ場」にある簡易宿泊所の通称である。日本にいた学生時代、年末の寄せ場で炊き出しボランティアなども経験した私は、ドヤ街について多少知ってはいたが、それとチョッパンの印象はかなり違う。そもそもドヤはヤド(宿)であり、宿泊施設のカテゴリーである。
「チョッパン」の「パン」は漢字で書くと「房(部屋)」。「チョッ」は漢字がない韓国の固有語で、「割る」とか「細かく分ける」という意味の「チョゲダ」が接頭語に変化したものだ。直訳すれば「割れた部屋」。本書の第2部「学生街の新チョッパン」には、その割られる過程が詳しく書かれている。つまりチョッパンという単語は、その部屋の使用目的ではなく生成過程を表している。
今もはっきり覚えているのは、20年ほど前に麻浦区の再開発で古いビルが取り壊された際、その内部が巨大なチョッパンになっていたというニュースだ。1つの部屋をベニヤ板で4つにも8つにも分けて暮らしていた人びとがいたこと、その多くが「独居老人」だったことは当時の韓国社会にとって衝撃だった。
「韓国は儒教文化の国なのに、なぜ高齢者が悲惨な暮らしをしているのか?」
問いの答えは難しそうで、実は簡単だった。儒教の国だからこそ、その扶養は「当然、家族がするもの」とされ、公的な支援体制は極めて脆弱だった。様々な理由で家族から離れて1人困窮した高齢者は、自分の部屋を切りとって貸し出すことで生活の糧にしたのである。
本書の著者が初めてチョッパン取材を命じられて、スマホで検索するシーンがある。そこに登場する「蜂の巣」という言葉は、部屋を小さく分割しているうちにまるで蜂の巣のような形になってしまったチョッパンの別名である。
かつてはソウルのいたるところにあったチョッパンだが、都市再開発が進む中で多くは撤去されていった。住まいを失った人びとはどこに行ったか? 放り出された人びとが郊外のビニールハウスに集団で移り住むなど、過去には悲惨な報道もあった。実態を把握していなかった国や自治体は、代替住宅を用意できずにいたのだ。