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半地下・屋上部屋・考試院

 著者は「チョッパン」が最底辺の住まいであり、それは「地・屋・考」のさらに下に位置づけられるとしている。地は地下室(主に半地下)、屋は屋上部屋、考は考試院。「地屋考」は韓国語で「チオクコ」であり、これは「地獄苦」と同じ発音である。韓国における「住まいの貧困」を象徴する言葉であるが、日本にはない住居形式なので、ここで少し説明をくわえておく。

・「半地下」

 映画『パラサイト』で韓国における貧困住宅の象徴として描かれ、日本語版では「半地下」という言葉がサブタイトルに追加もされた。日本で映画を見た人の中には、韓国の地下帝国には見えざる貧者がうごめいているかのような印象を語る人もいたが、あくまでも映画上の設定である。過去はともかく現在のソウルでは、あのタイプの街や家の多くは再開発で失われてしまった。「半地下」そのものは今も健在だが、主に単身者用である。

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映画『パラサイト 半地下の家族』オフィシャルサイトより

 韓国で「半地下」が発達したのは、部屋数を増やして少しでも儲けたいという建物オーナーの欲望もあるのだが、そもそも山や丘の多いソウルなどでは、斜面に建てた家の半分は土に埋もれてしまうという、都市の地形上の理由もある。

 小綺麗なワンルームマンションなどでも半地下の部屋があり、地上階に比べると同じ間取りでも価格が安い。多くの場合、窓は地上に面した部分の頭上付近に1ヶ所だけ、それも半分は地中に隠れている。光がわずかにしか入らないだけでなく、風も通らない。そこで気がつくと湿気で部屋中カビだらけ、もう2度と地下はゴメンだと引っ越しを決意することになる。

・「屋上部屋」

 地下が嫌なら屋上という真逆の選択もある。韓国語では「オクタッパン(屋塔房)」という。本書では「屋上部屋」としたが、以前ヒットした韓国の青春ドラマの日本語タイトルは『屋根部屋のネコ』となっていた。「多世帯住宅」と呼ばれる3~4階建の集合住宅の屋上に増築されたものが多く、空間を利用して「なんとか部屋をもう一つ」という建物オーナーの気持ちがにじみ出ている。

「明るいし、風通しも良いし、屋上では焼肉パーティーもできますよ」

 不動産業者の勧誘フレーズのように、たしかに地下に比べたら健康的には暮らせるかもしれない。ただし、その多くは違法建築物であり、ビルの外側に後付けされた階段なども不安定な物件が多い。冬場のソウルでは屋上も階段も凍結してしまうので、滑らないように注意が必要だ。

・「考試院」

 本文にもあったように、かつては司法考試生などをはじめとする受験生が「勉強するための施設」だった。1坪(2畳)ほどのスペースに勉強机と仮眠用のベッド、さらに共用のトイレとシャワーがあるのがベーシックな形だ。ただ、これはあくまでも徹夜で勉強する人のためというのが名目であり、法的には賃貸住宅どころか宿泊施設のカテゴリーにも入らない「一般商業施設」である。

 その一部がいつの間にか「現代版チョッパン」と呼ばれるような最底辺の住まいとなり、気がつけば学生だけでなく高齢者層にまで利用が拡大されていた。その事実を広く世間に知らせたのが、国一考試院の火災だった。背景にソウルの厳しい住宅事情があるのだが、ただ著者が繰り返し訴えるように、チョッパンにしても考試院にしても「家賃」は決して安いわけではない。重要なのは「保証金なし」と「柔軟な契約期間」である。

 韓国の賃貸住宅は入居時にデポジットとして大家に預ける保証金が非常に高額(通常は家賃の2年分以上)であり、それが大きな壁となっている。まとまったお金を得る術すべがない人は、正式な賃貸契約の必要がないチョッパンや考試院などの「非住宅」を選択せざるを得ない。