若者の住居貧困を解消することは、日韓共通の課題である
最後に、日本のことも一緒に考えたいと思う。本書の翻訳作業を始めたのは2020年の秋である。新型コロナによるパンデミック下の渡航制限で日本に留まることになった私は、適切な訳語を探すために山谷に行ったり、図書館を利用してドヤや貧困についての関連書を読み始めた。当初は翻訳のための言葉探しだったのが、日本の深刻さを知るにいたり、これは大変だという気持ちになった。
なかでも参考になったのは『貧困世代――社会の監獄に閉じ込められた若者たち』(藤田孝典、講談社現代新書、2016年)、『貧困と地域――あいりん地区から見る高齢化と孤立死』(白波瀬達也、中公新書、2017年)、『閉ざされた扉をこじ開ける――排除と貧困に抗うソーシャルアクション』(稲葉剛、朝日新書、2020年)の3冊の新書である。いずれの著者も支援活動に関わりながら研究を続けるエキスパートであり、日本の現状はもとより住宅問題全般を考えるうえで、より広い視座を得ることができた。そこで重要なのは「居住権」をどう捉えるか、つまり「住宅は権利なのか、商品なのか」(『貧困世代』)である。
本書にも「居住権」という言葉は繰り返し登場する。日韓ともに個人にとっての「最低住宅基準」は法的に定められているのだが、実際には多くの人がそこからはじき出されてしまっている。深刻さを象徴するのが低所得の高齢者と地方出身の若者である。日本の状況については『下流老人』と『貧困世代』という藤田孝典氏の連作に詳しい。
それにしても、日韓の若者の「住まい」をめぐる状況には、驚くほど共通点が多い。「相当数の若者たちがすでに、家を借りたくても借りられない状況になっている」(『貧困世代』)、「ソウルで1人暮らしをする若者の3人に1人が住宅貧困」(『搾取都市、ソウル』)等々。ちなみに『貧困世代』に登場する21歳の若者が暮らす東京の「脱法ハウス」は、ソウルの「考試院」や「新チョッパン」のイメージと重なる。日本の若者たちも窓のない部屋に押し込められている。
それが国全体にとって、どれほど損失になっているか。
「社会がこんなふうだから若者たちも「もうやっていけない」と、それが低出産率などにもつながっているんですよね」と本書中のインタビューで韓国の専門家は語り、日本の専門家もまた「住居費負担が重い国ほど、若者は世帯形成ができていない」(『貧困世代』)という。ちなみに韓国は日本以上に深刻な少子化が問題になっており、2018年から1を割り込んだ合計特殊出生率は、2020年には0.84となっている。
韓国における極端な少子化の原因としては、晩婚や私教育費の高騰などがやり玉に上がってきたが、そもそも住居費負担が重すぎるため、若者は親の家から独立して世帯形成ができない。もちろん結婚や出産だけが人生の目標ではないし、新しい家族の形式やさらにオルタナティブな生き方が模索される今の韓国ではあるが、それをするにしても現状の住居費負担の高さがハードルになる。
足元の住居が不安すぎて、その負担が大きすぎて、若者が安心して将来を見通せないのである。
もちろん韓国政府も手をこまねいているだけではない。本書でも紹介されているようにすでに若者向けの公共住宅の供給も始まっているし、文在寅(ムンジェイン)大統領も住宅価格の高騰を招いた政策の失敗を謝罪しつつ、新婚夫婦や単身の若者向けの新たな賃貸住宅計画を発表した。誰もが安心して暮らせる住まいを得られること、そのために努力することは国としての責務であるからだ。
課題は日本もまったく同じである。韓国を知ることは日本を知ることになる。隣国の若きジャーナリストの果敢なルポルタージュは、同じ問題で格闘する日本の関係者にも大いに励ましとなると思う。
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