「今日は天気がよくてぽかぽかしてますよね。そんな映画なんです。べつにそれは僕たちが作りこんだわけではなくて、やっぱり、役者さんたちの中から出てきたものなんだと思うんです」

 4月29日から全国公開される映画『ツユクサ』。平山秀幸監督は、そんな言葉でこの作品を表現した。

 海辺の町にひとり暮らす芙美(ふみ/小林聡美)は、ある夜、車を運転中に小さな事故に遭ってしまう。港に落ちた隕石のかけらが車に当たったのだ。

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「人が隕石に遭遇する確率は1億分の1」。芙美の小さな親友である10歳の少年にそう言われると、奇跡のようにも思えてくる。生きていると、大きかったり小さかったり、昨日とは違ういろんなことが起こるものだ。町で篠田吾郎(松重豊)を見かけるようになったのも、そう。ときどき草笛を吹いている。いつの間にか言葉を交わすようにもなった。

平山秀幸監督

「小林さんも松重さんも、自分が恋愛の対象になって、しかも主役で演じる機会はこれまでなかったそうなんです。意外ですよね(笑)」

 ふたりは淡い思いを抱くようになる。でも、それだけで昨日までのくらしや目の前の生活を塗り替えることはできない。恋愛ドラマや友人の恋に気軽に意見するような、簡単なことではないのだ。

 そういう、人生の午後を生きる姿をにじませた俳優たちの芝居によって、この作品は完成したと監督は言う。

「小林さんも松重さんも、この映画のために年を重ねているわけではありません。でもスクリーンの姿は、これが芙美であり吾郎なんだと納得のいくものでした。そう感じさせたのは、佇まいの良さです。芝居ですから100パーセント素の姿ということはありえないわけですが、カメラや照明が並ぶ非日常の空間に、普段の姿に近い気持ちで立っていてもらったのかもしれません」

 誰もが思い浮かべられるほど華やかではないが、どこにでも生えているツユクサのように、この物語に流れる時間は特別なものではない。どの出来事も、誰にでも起こりそうな、生活のなかで息をひそめているようなことばかりだ。

「中国野菜の空心菜(くうしんさい)が物語を動かす場面があります。はじめは“シナリオライターがヘンなとこでこだわりやがって……(笑)”なんて思っていたんです。でもね、この空心菜という野菜がだんだん存在感を増してくるのがおもしろくて」

 日常は変わらない、誰もがそう思っていた。ところがコロナや戦争によって、安寧が非日常(ファンタジー)になりつつある毎日を、いま我々は生きている。その空気を感じながら、監督はこう考える。

「大変な出来事は個人の生活にも社会のなかにもあると思います。そういう問題にメッセージを発するより、24時間のわずか一瞬でも、明るく、ぽかぽかした気分になってもらいたい。映画がその空気を生み出すものであればいいと思っています」

 平岩紙、江口のりこ、斎藤汰鷹(たいよう)ら、脇を固める俳優陣が作品をさらに暖かくしている。

ひらやまひでゆき/1950年生まれ。『マリアの胃袋』(90)で監督デビュー。『ザ・中学教師』(92)で日本映画監督協会新人賞を受賞。『愛を乞うひと』(98)でモントリオール世界映画祭国際批評家連盟賞、日本アカデミー賞の最優秀作品賞と最優秀監督賞を受賞。他にも監督作品多数。

INFORMATION

映画『ツユクサ』
https://tsuyukusa-movie.jp/