映画監督であり、文筆家。そして高知県のミニシアター「キネマM」の代表も務める。いくつもの顔を持つ安藤桃子さんが、日経新聞の連載エッセイに大幅に加筆して完成したのが本書『ぜんぶ 愛。』だ。読後、あまりに波乱に満ちた出来事の連続に、一人の人生のこととは思えなかった。
「まだまだいろいろありますよ!(笑)。でも、私の人生の節目節目がよく分かるようなエッセイ集になったかもしれません。連載中は、新聞だし、その時に感じたこと、『今』をテーマにしようと思って書いていたんですけど、一冊にまとめるにあたっては、その時とは全く別のアプローチで書き足していきました。私はほとんど過去を振り返らない人間なんですけど、今回のコロナ禍で、自分の内側をじっくり見ることのできる時間が与えられたと感じて。それって執筆という行為にすごく合っていると思ったので、記憶の引き出しを一つ一つ開けながら書いていきました」
テレビに齧りつき、心惹かれるシーンでカメラのシャッターを切っていた少女時代。父、奥田瑛二の付き人や映画人たちが四六時中出入りし、24時間オープンハウス状態だった実家。ロンドン留学中にかかってきた母からの「学費はもう払えない」という電話。そして平均2、3時間の睡眠、時給200円で働いていた助監督時代のこと……。
「この本を読んでくださった方の感想で、すごく多かったのが『映画みたいでした!』というもの。自分では気づいていなかったんですけど、私は本当に、常に物事を映画として見ている人間なんだなと。確かに執筆していると過去の事も、映画のように目の前に甦ってくるし、自分の視点だけじゃなく、そこにいたすべての人の気持ちにも同調しながら、思い出しているんです。引きの視点で客観視している自分もいる。心のなかにある映画を具現化してみなさんにお届けするのが私のお仕事。今回はメディアが本だっただけで、やっていたことはやっぱり映画だったのかもしれないです」
本書には高知での生活もつぶさに描写されているが、安藤さんは移住してきた当初にもまして「ここが最先端」だと感じている。
「高知って、山に入れば必ず食べられるものがあるし、釣竿を下ろせば魚が釣れる。四季折々あふれんばかり、食の豊かさがある。『食うに困らない』っていう本能的な安心感がベースにあるんですよね。この安心感のなかで生きている人って余白があるから、肩の力が抜けていて、他者の気持ちにも寄り添うことができる。肉体の仕事をするダンサーとかスポーツ選手が『最終的にはどう身体の力を抜いていくかが大事』というのと同じで、これまでは『力の社会』で頑張る私たちがいたけど、力を抜いて、軽やかになっていくことで、より飛躍力が出てくるんじゃないかと。この地で、心の内に『全ての命が幸せな未来』を見たので、みんなでそこへ到達したいと思っています」
あんどうももこ/1982年、東京都生まれ。ロンドン大学芸術学部卒。2010年『カケラ』で監督・脚本デビュー。2011年、初の長篇小説『0.5ミリ』を上梓。同作を自らの監督・脚本で映画化し、多数の賞を受賞。2014年、高知県に移住。俳優・映画監督の奥田瑛二とエッセイストの安藤和津の長女。妹は女優の安藤サクラ。