岸田 うちのおかんはずっと「ありがとう」って言ってたんですけど、「ありがとう」って、言えば言うほど消耗するんですよ。言われる側は満たされるんですけど。「ありがとう」って言い続けていくうちに、だんだん「申し訳ありません」「すみません」という気持ちに変わってきて、どんどん卑屈になっていく。
だから決めたんです。助けてほしいときには「助けて」って言う。近くに人がいなかったら誰か来るまで待つ。善意をお断りするときには、声をかけてくれたことはありがとう、でも大丈夫です、と伝える。
川内 すごく単純なことかもしれないですね。目が見えない人は大変そう、って思うけど、見えないと言ってもいろんな人がいる。生まれつきとか中途失明とか、それぞれの状況も違うし、ニーズも違うことをみんなが認識すれば、うまくいくんだろうけど。
岸田 それが自然な社会ですよね。障害があるというと、困っている前提で話しかけられる。そして、何かしてあげたいと思う。それが時には押しつけになって、互いに傷ついたりすることにもなる。だから、「わかりあえない」というスタンスでいるのがいいんです。でも、一緒にいて、コミュニケーションを続けていく。それが大切なんだと思う。
妊娠中に苦しんだ1ヶ月
川内 障害への思い込みは、身近に事例がないということもあるでしょうね。本の中でも書いたんですが、娘を妊娠中に、ダウン症の可能性があると言われたんです。ものすごいショックで、自分の周りにダウン症の人がいなかったから、とにかくネットで調べて、どうなっちゃうんだろうと。もう執筆する仕事はできなくなるのかな、とか、いろんな偏ったイメージばかりが頭の中を渦巻いて、非常に苦しんだ時期が1ヶ月くらいあったんです。
結局、娘はダウン症ではなかったのですが、私はその悩んだ時期のことを、すっかり忘れていたんです。
今回、白鳥さんといろいろ話してるうちに、それが蘇ってきたんです。あの気持ちにもう一回向き合わなければ、と思った。あの気持ちの正体はなんだろう、って。
白鳥さんは「自分の活動を通じて障害者の立場をもっとよくしよう!」なんてことは1ミリも考えていないんだけど、私自身が障害に対して感じたこと、考えたことを、どうやったら本に込めていけるんだろう、という目的が途中からできて、そこからまた挑戦が始まった気がしますね。(#2に続く)
(文:剣持亜弥、撮影:市川勝弘)