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 私、ネットにある、いわゆる「バズる」文章って、ほとんど箱庭式だと思っているんです。予定外のことは起きなくて、予定外に見えるものすら実は予定されている。

 面白いものができるから満足感はある。だけど、ドキドキワクワクというか、思いも寄らない答えに辿り着くとか、衝撃の言葉に出会うことって、あまりないような気がして。

 でもこの本は、美術館に白鳥さんと行って、笑って、その後に川内さんが個人的に心に残ったことを書いていく形。行き先を決めないドライブ。ノンフィクションの面白さが全部詰まっている。

 

善意の押しつけが人を消耗させる

川内 目の見えない白鳥さんと美術館に行く、ということで、私にも、こういうことが起こるだろうな、こういう展開になるだろうなという予想は、少しはあったんです。でも白鳥さん自身が、それを裏切っていくことを平気で言うので。

 例えば「優生思想は誰にでもあるんじゃない」「差別とか偏見とか、誰でもしちゃうんじゃない」って、え、それ白鳥さんが言っちゃうの、ってことを、どんどん言う人なんです。

 それによって私も、自身の在り方を常に問われることになる。この人と話してたらどこにいっちゃうんだろう、みたいな感覚があった。

 

岸田 だからこそ、本気の言葉が出てくるんですよね。答え合わせじゃないから。

 障害のある人との向き合い方もそうですよね。車椅子の人がいる、困っているだろう、押してあげよう、とか。きっと「ありがとうございます!」って喜んでくれるだろうな、って思って声をかける。でも、車椅子の人からすれば、それを望んでいない時もある。困っていない時もあるから、その善意を断ることだってありますよね。

 私もおかんもアウトドアが苦手なんですが、「車椅子でも行ける展望台があるわよ」って、おばさまたちにぐわーって連れて行かれたことがあります(笑)。「ほらきれいでしょう」って。善意だから、できれば断りたくない。相手をがっかりさせたくない。結果、“ボランティアさせてあげボランティア”みたいになって、望んでもいないのに、「ありがとうございます」って言っちゃう。

川内 白鳥さんも、美術館にいくと視覚障害者向けの触るアートをよくすすめられるらしいです。すすめられて触ることもあるようですが、時には興味ないからって断ることもあるそうです(笑)。

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