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 うちは、子どもの頃から口にすると親父に怒られる言葉があってね。貧乏人のプライドとして、「人にモノをくれ」って言えなかったの。たとえば小学生の頃、近所の友達と遊んでて、その子がおもちゃとか持ってるとするじゃない? そこでうっかり「え、いいな!頂戴!」って言ったら、親父にめちゃくちゃ締められたからね。「二度と言うんじゃない。みっともないから!」って。

 だからねだるのも、ねだられるのもダメだとされて育っていて。もし外で「これ食べなよ」って誰かに勧められても、うちの貧乏家族の教育は「いや、結構です」と断ることが先決だったんだよね。

野村よっちゃんが「ハーイ! ジャニーさん」って

――そうだったんですね。

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錦織 だけど、小学生の頃にジャニーズ事務所に入ったらびっくりしてさ。ジャニーさんってうちの親と真逆なんだよ。「これ食べる?」って聞かれたら「食べるー!」が正解。子どもってそうじゃなきゃダメだよって言われたの。でも、俺はずっと親から断れって言われてきたから、なかなかそれに馴染めなくてさ。

――育った環境とギャップがあったと。

錦織 今でも覚えているのが、ジャニーズでは野村よっちゃん(義男)が先に入所してるんだよね。ある日、たまたまよっちゃんと一緒にいたら、向こうからジャニーさんが歩いてきてさ。そしたら、よっちゃんが「ハーイ! ジャニーさん」って言ってるわけ。あの野村義男くんの「ハーイ!」に相当傷ついたね。これから誰か日本人と顔合わせても、俺「ハーイ!」とか言えねえぞと。

 それで、今度は自分が「you」って言われたんだよ。俺、日本人なのに。まさか……。じゃあ、俺はジャニーさんに「me」って言うのか?って。でも、下町で「me」って言っちゃったら、もう友達付き合い怪しいからね。みんなに責められる。俺の周りの友達は「コノヤロウ」とか「なんだバカヤロウ」ってたけしさんみたいな喋り方なの。

 だから、「芸能界に入って何に苦労しましたか?」って聞かれたらそこだよね。ダンスが大変だったとかじゃなくて、胃が痛くなるくらい、人格変えなきゃいけなかったところ。

「芸能界に入って何に苦労しましたか?」って聞かれたら… (撮影:佐藤亘/文藝春秋)

――では、下町暮らしからジャニーズに入られて、いつごろから芸能界に馴染んでいったのですか?

錦織 馴染む馴染まないというより、仕事は仕事で割り切ってたよね。基本的に俺、頭にスパンコールのバンダナ巻くとか嫌だから…! やっぱり育った環境っていつまでも残るというか。味覚も人格もそうだけど、なかなか変えていくって難しいもので。

 ジャニーズ事務所に入って、六本木とか青山とか煌びやかなところにいて、原宿のラフォーレの中にあるような今どきの服を着てさ。お洒落なハイネックとか、夏でも薄いサマーカーディガンとか着てたよ。でも、そもそも俺は下町の裕福ではない地域で育って、普段遊ぶような友達と、芸能界で知り合う人とは全然違ったから。だから、僕の中で芸能界と地元を完全に分けてた。本来の自分とは全く違う世界に足を踏み入れたって分けて見てたよ。

#2では、2020年末にジャニーズ事務所を退所した理由、そして退所前にジャニーさんと話した電話について、錦織さんが語った】

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。