唐揚げにレモンをかけるかどうか――。昨年放送されたテレビドラマ「カルテット」は、そんな小さな問題をもとにして、夫婦のすれ違いを見事に描いていました。他人から見たら「小さな問題」であっても、夫婦にとっては意外に重大なものになってしまう……。思い当たること、ありませんか?

一緒に暮らす相手をまるで他人のように感じる時

 もともと結婚した時には愛し合っていたはずの2人でも、一緒に暮らしているうちには何らかの軋みが生じ始めてしまうもの。こんな人ではなかったはずなのに、と一緒に暮らす相手をまるで他人のように感じる時もあるでしょうし、自分が相手にした言動に自分自身がとまどってしまう時もあるかもしれません。

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 年末年始は夫婦で過ごす時間も多くなるはず。ぜひこの機会に、夫婦を描いた小説を読んでみては如何でしょうか。そこには、結婚生活を送るにあたってのヒントとなるものが何かしら含まれているに違いありません。今回は、あまたある夫婦を描いた小説の中から、短編作品を5つ選んでみました。(カッコ内の西暦は作品の発表年です。)

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夫の薄毛と、妻の「植毛クリニック」の過去

林真理子「てるてる坊主」(1985年 『最終便に間に合えば』文春文庫所収)

 30代の夫が、自身の頭髪の薄さをしきりに気にするようになる。それ自体は微笑ましい光景であるようにも思えるのですが、「てるてる坊主」という小説に登場する夫婦のあいだでは、しだいに不穏な空気が流れ始めます。

 頭髪が薄くなった辺りを念入りにブラシで叩いている夫の姿を毎晩見るごとに、妻は苛立ちを覚えていかざるをえないのです。そして遂には、娘が幼稚園でつくった「パパのてるてる坊主」にすだれ状の髪の毛を描き、夫を激怒させてしまうのでした。

 いくらなんでも……。ひどい妻だと憤慨する読者もいるかもしれませんね。しかし、夫も知らないことなのですが、妻は過去に植毛クリニックで働いていたことがあるのです。そこで妻は、ふだんは隠されているはずの「男の不安、悲しみ、憧れ、そして自惚れ」を浴びるように目にし、軽い吐き気さえ覚えていたのでした。

作品は〈洗面台の前に見なれない瓶を見つけた。深い紺色のそれには、くっきりと白い文字で養毛剤と書かれている。〉から始まる ©iStock.com

夫の頭髪の将来について真剣に検討する妻は、なかなかいない

 結婚して6年。完璧ではないにせよ、それなりに幸福な家庭生活を営んできたと思っている妻にとって、そのクリニックで働いていた期間のことは、思い出したくもない過去になっています。しかし、自身の頭髪をしきりに気にする夫の姿は、その頃のことを思い起こさせるのです。

 夫が頭髪の薄さをコンプレックスに思うことなく堂々としてくれれば、妻の苛立たしい思いも消えるのでしょうが、すぐそうなることを夫に要求するのは酷というものでしょう。そして問題は、このような事態に立ち至ることを、結婚したときの妻には予測できなかったということです。結婚するときに、夫の頭髪の将来について真剣に検討する妻というのは、なかなかいないでしょうし、この妻にとっても、植毛クリニックで働いていた過去が自身をここまで縛りつけていたというのは、予想外のことだったに違いないのです。

 結婚とはくじのようなもの、なのかもしれません。ただし、この夫婦の結婚が当たりくじであったか外れくじであったかは、早々に決められるようなものでもないでしょう。

新装版 最終便に間に合えば (文春文庫)

林 真理子(著)

文藝春秋
2012年7月10日 発売

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