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人生いろいろ、不和もいろいろ 「夫婦の危機」に読みたい5つの名短編

森鷗外から芥川賞作品まで 若い夫婦のさまざまな苦悩

2017/12/28
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「死んだらそのままにしておけばいいよ」

津村節子「玩具」(1965年 第53回芥川賞受賞作)

 妻が妊娠したとき、夫はどう振る舞うべきか? その問いに対する完璧な答えというのはおそらく無いでしょうが、「玩具」に描かれた夫の振る舞いが最低であることだけは断言できます。しかもこの夫、なんだか憎めないんですよね、困ったことに。

 30歳近くなっても、夫は我慢ということができません。妻の嫌がることであっても、結局は自分のやりたいことを優先してしまう。

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 たとえば、夫は小動物を飼うことが好きなのですが、妻はもともと好きではありません。しかも、妊娠して以降、嗅覚が敏感になり、小動物の匂いには堪らない思いをしています。しかし、そんなことにはお構いなしに、夫は独楽鼠(こまねずみ)やランチュウを買ってきてしまうのです。しかも、それらの小動物はやがて死にます。「いやだわ、これ、きっとあなたの留守中に死ぬわ」と妻が言えば、夫は「死んだらそのままにしておけばいいよ」と答えます。もちろん妻は「そのままにしておくのがいやなのよ」と返すのですが、まるでコントのようです。

〈久しぶりに連れ立って出かけた縁日の人ごみの中で、志郎が金魚を買うと言い出したとき、春子は眉を顰めた。〉の一文から作品は始まる ©iStock.com

妊娠中の妻より、遠方の魚が気になるダメ夫

 夫は小説家になりたいのですが、なかなか芽が出ず、不本意な仕事をしています。それで不機嫌になる夫におもねるような気持ちで、妻はつい雑誌で見た珍しい魚の話をしてしまいます。その話を聞いても、しばらくはその魚を見に行こうとしなかったのは、この夫もさすがに出産予定日が近い妻のことを考えないわけにはいかなかったのでしょう。遠方にあるその魚を見に行くためには、数日間、妻を一人で家に置いていくことになるのですから。しかし、夫はしだいに無口になり、何かに心が占められてしまっているような状態になります。しまった、と思っても、もう遅い。夫はその珍しい魚を見に行きたくて仕方がなくなっているのでした。

 妊娠・出産は夫婦にとっての一大イベント。それをどう乗り越えるかによって、その後の結婚生活も変わってこざるをえないですよね。ちなみにこの夫、続編にあたる「青いメス」でも期待に違わぬダメっぷりを発揮していますので、そちらもお薦めしておきます……。

玩具 (集英社文庫)

津村 節子(著)

集英社
1997年6月1日 発売

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