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文豪が描いたマザコン夫に苦悩する妻

森鷗外「半日」(1909年 青空文庫にも収録

 もし夫がマザコンで、その母親と同居しなければならなかったとしたら――。妻にとっては、なかなかにハードなシチュエーションになることが容易に想像されますが、そうした家庭の日常を描いているのが「半日」という小説です。

 朝早くから夫の母親は台所で「おや、まだお湯は湧かないのかねえ」と大きな声で呟きます。もちろんまだ蒲団の中にいる妻に聞かせるためです。妻は夫に不満を並べ立てますが、夫は母親の肩ばかりを持ちます。「又言う。人が聞くと気違としか思わない。おれを生んだお母様ではないか」。妻の主な不満は、家計を夫の母親がいまだに独占しているということにあるようなのですが、そのことについても夫は「お前の気質」に問題があると言い、それを直すのが先決であると言うのです。「先から会計をして入らっしゃるお母様が、なる程あれなら任せられると仰るようにすれば好いではないか」。

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〈奥さんは火鉢の炭を積んだり崩したりして、考へ込んでゐる。〉 ©iStock.com

親との密接な関係が起こす悲劇

 もちろん、ことさらに夫の母親と話をしようとしない妻にも問題がないわけではないでしょう。しかし、それほどまでに妻の態度を硬化させている原因が、夫の態度にあるのもまた明らかではないでしょうか。もし夫が少しでも妻の気持ちを理解しようとしていれば、あるいは母親に対して妻を弁護するようなことをしていれば、妻もここまで夫の母親を目の敵にすることはなかったのでは? そのように思う読者も少なくないはずです。

 しかし、ここまで極端ではなくとも、夫とその母親の密接な関係が妻を居心地悪くさせていることは、現代においても決して特殊なことではないのかも。この小説を読んで、何の心当たりもないという読者は、むしろ幸せであると言うべきなのでしょう。

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いくつもの不和を乗り越えて

 夫婦の不和の原因は、どこにあるかわかりません。自身のちょっとした言動が、相手の何かを刺激してしまうことはあるでしょう。あるいは、その逆も。そうしたことが起こらないようにするためには、お互いの全てを理解するしかない? いや、おそらくそうではないでしょう。むしろ、夫婦であっても結局は他人なのだという基本的な事実を忘れないようにすること。いくつもの不和を乗り越えて、結婚生活を続けていくためには、それこそが肝要ではないかと思うのですが、如何でしょうか。