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「7階のベランダで体を押さえ、片手で110番通報」アルコール依存症を再発した46歳の妻と朝日新聞記者の夫が過ごした“壮絶な断酒生活”

『妻はサバイバー』より #2

2022/05/15
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 こんなときこそ彼女が本当の気持ちを吐き出せる場がほしい。でも、頼りにしてきたカウンセリングはすでに前年7月、臨床心理士側の事情もあって終了していた。その役割を担うはずの自助グループはまだ、彼女にとってハードルが高そうだった。

 けがによる救急搬送。失禁。夜中の叫び声。路上での酔いつぶれ。数年前と変わらぬ日々が戻った。

「死んで、あなたを楽にしてあげる」と言ってベランダのフェンスに…

 2019年6月には、危険な行為が始まった。

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 深夜、彼女がベランダへ出てフェンスに足をかけ、飛び降りようとする。「死んで、あなたを楽にしてあげる」。わが家はマンションの7階だ。力ずくで引き戻すが、目を離すとまたベランダに出る。行きつ戻りつ、気がつくと未明だった。

 もっとも、私に気づかれるようにやっているのが明らかで、演技的な面も感じられた。だからといって安心はできない。アルコールは衝動性を高め、しらふなら超えない一線を超えさせる。専門医からは「必ず止めてください。警察を呼ぶこともちゅうちょしないで」と助言された。

 7月14日、ベランダで妻の体を押さえながら、片手で110番通報した。彼女は警察官2人に両脇から抱えられ、翌朝まで警察署で保護された。医療保護入院につなぐことも提案されたが、候補先の精神科病院があまりに遠方だったため断った。

 アルコール依存症という病気は家族向けのテキストがいくつも出版され、医療機関では家族教室も開かれている。それだけ家族しだいで予後が左右される病気なのだ。

 何かに救いを求めるように、私も妻への向き合い方を必死で勉強した。しかし、期待通りに酒をやめさせるには至らなかった。

 例えば、すべてのテキストで必須とされているのが、イネイブリング(世話焼き行為)をやめることである。

 酔って床で寝込んだ妻。散らかった食器。たまった洗濯物。この状態をあえて放置して、飲酒の結果を本人に自覚させる。それが教科書通りのやり方だ。だから、片づけたくなるのを我慢して放っておいた。

 しかし、翌朝、妻は床から起き上がると淡々と洗い物と洗濯をこなし、再び飲み始めた。1カ月たっても、1年たっても変化は見られなかった。薬物療法などと違って、イネイブリングをやめる効果が表れるには時間がかかるのだろう。そのうち何をやっても無駄な気がしてしまった。